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■当らない占い師 シナリオ1〜母と薬〜■ □side-C□

 太陽の熱気に温められた風が、ゆるやかに傍らを駆け抜けていく。
 午後の昼下がり。気持ちのいいぐらいに広がる青空、燦々と降り注ぐ太陽。さわさわと野原の草が風に揺れる音がなんとも心地良い子守唄となって、俺の鼓膜をゆるゆると刺激する。
 街の喧騒からは程遠い街外れの野原に、小さな木造の店があった。通りに面しているカウンターは木製で、太陽の光で丁度いい温もりをたたえている。
 麗らかな陽気と適度な静けさは、暇で暇で仕方がない店番の俺をうつらうつらと心地良い眠りへといざなおうとしていた。俺は必死にそれに抗っていたが、次第に意識が朦朧とし、とうとう俺は体の力を抜いて、昼寝体制へと入っていく。
 そんな時、街の方から地を揺るがすような――は少し大袈裟かもしれない――足音が突如静寂を壊し、俺はうとうとしていた意識をぱちりと覚醒させた。
 目をやれば、土が踏み固められただけの道を、砂埃を立てて一人のおばさんが歩いてくる。
 奪われてしまった眠りに俺は少し後ろ髪を引かれながらも、商売に思考を切り替えて、道行くおばさんに声をかけた。
「おばさん、占いはどうですか?」
 おばさんはきょろきょろとあたりを伺うと、他に人が誰もいないことを確認すると、怒りと驚きのない交ぜになった顔で俺を見た。
「わ、私のこと!? ムキーーーッ!!」
 ズカズカと怒りの形相で俺の前まで来ると、おばさんは俺を威嚇するかのように睨み付けた。
「あなたね、イッドバータさんの言ってた占い師は?」
 そのイッドバータというのが誰かは知らなかったが、俺はとりあえず愛想笑いを浮かべた。
「おや、話題になっていましたか。何かお悩みのようですね?」
「うるさいわねっ! 悩みなんか無いわよ!」
「いえいえ、顔に書かれてますよ」
 無ければわざわざ街外れの(自分で言うのも何だが)うさんくさい占い師の所になんか来ないって。
 おばさんも思い当たる節があるのだろう。一瞬黙りこくってから、はっとして奇声を上げた。
「キィーッ! 余計なお世話よ!」
「一回百ゴールドでどうです?」
 俺はさりげなく商談を持ちかけた。ぶっちゃけ、百ゴールドはかなりの破格だ。これなら試しにと乗ってくれるだろう。
 が、そんな俺の予測と期待とは裏腹に、おばさんは顔の血の気を引かせて叫んだ。 「百ゴールドですって!?」
「決して高くはないと思いますが……」
 さっきも言ったが百ゴールドはかなりの破格だ。俺と同じ程度の力量の占い師だと、多分もっと、倍以上取られるはず。
 おばさんは慌てて首を振った。
「たかが占いに百ゴールドなんて出せないわ!」
 ……たかが?
 俺はその一言にぴくりと眉を動かした。その言葉は聞き捨てならない。
「…それじゃあ、特別に十ゴールドで占いましょう。ただし、もし当っていたら残りの九十ゴールドをいただきます。これでどうです?」
 実際、俺にとってもこれはかなり痛い条件だった。俺の占いはほぼ外れることはないから多分心配いらないが、もしこれではずれたら、懐がとても寒くて生活のピンチだ。
 おばさんも、俺の目に宿った覚悟を察したのだろう。ふんと一つ鼻を鳴らして胸を張った。
「ずいぶん強気ね。十ゴールドでいいなら占ってもらいましょうか? どうせ当らないわ」
 俺はその言葉にまたぴくりと眉を動かしたが、一応お客なので笑顔で応対する。
「それじゃあ、いいですね? 始めますよ」
 おばさんの了承を得て、俺はカウンターに置いた水晶球に手を重ねる。目を閉じて、気を研ぎ澄まして、意識は水晶珠に向ける。
 ぼんやりと浮かぶヴィジョン。さらに意識をそこに集中すると、くっきりとその光景が浮かび上がった。
 小さな家だ。すす汚れた壁、錆びた窓枠。そして家の中には、繕われた薄手の布団の中で苦しそうにあえぎながら咳を堪えている小さな男の子の姿。
「…子供だ、子供が見える」
「なんですって!?」
 おばさんが声を荒げた。心当たりがあるのだろうか。
 俺は映像の中の子供に意識を向けた。頬は上気し、汗をかいている。目は閉じているが、眉は何かを堪えるようにきゅっと寄せられていた。
「苦しんでいるようだ……病気か?」
「えぇっ!?」
 俺は一旦目を開ける。明らかに動揺しているおばさんが、カウンター越しに俺に詰め寄っていた。
「ちょっとどういうこと? 説明してちょうだい!」
「何か心当たりはありませんか?」
 説明のかわりにそう尋ねる俺。おばさんは心当たりがあるんだろう、その目には動揺と焦りの色が見えた。
「え、えぇ、まぁ…息子の病気が治らないんですよ」
 なるほど。あの男の子はこのおばさんの息子で、病気が長引いていて、だからあんなに衰弱していたのか。
「医者には見てもらいましたか?」
 俺は至極当たり前のことを尋ねたつもりだった。病気なら医者に見てもらうのが一番だ。
 だが、それは禁句だったらしい。おばさんは急に眉を吊り上げて、すっと身を引いた。
「そんなお金があったらもう治ってるわ。風邪はねぇ、静かに寝てるのが一番よ! はい、十ゴールド」
 おばさんは台の上に乱暴に硬貨を置き、くるりと踵を返した。
「占いで病気は治らないわ。それじゃ」
「あ、ちょっと待って……」
「もうけっこう」
 おばさんは俺の言葉に聴く耳も持たずに、来た道を戻って行った。
 その背を呆然と見送った後で、俺は軽く頭を掻いた。
「あぁ〜…行っちまった。まだ続きがあんのにな……」
 さっきのは現在に近いところの光景だ。だからまだ本当は占ってすらいなかったのに、あのおばさんは……
 俺はため息をついて、とりあえず続きを見るべく、もう一度水晶球に手を乗せて目を閉じた。
 浮かび上がるヴィジョン。さっきとは違う光景がそこに見える。
 墓地だった。陰鬱とした空気が立ちこめ、墓石は無機質に整然と並んでいる。
 中でも一つ、あまり大きくはないが真新しい墓があった。
 その前で号泣しているのは……あのおばさんだ。
「チャイル…どうして死んでしまったの?」
 先ほどのおばさんとは思えないほど、悲痛な声。
 まさか、息子……重病なのか?
 俺は目を開け、水晶球から手を離す。そして、さっきおばさんが歩いて行った道を、その背中を探すようにじっと見つめた。
「…さっきのおばさん、どうも心配だな……ついてってみるか」
 そう一人つぶやいて、俺は席を立った。
 そういや、自己紹介が遅れたな。俺はノートル。占い師をしている。犬のタムスが相棒だ。
 毎日いろんなお客が来るが、幸運な人間ばかりとは限らない。
 さっきのおばさんのように、悩みを抱えていたり、不幸な未来を臭わせる者も決して少なくないのだ。
 今回は、とある母親のちょっとした話だ。
 そんなに重苦しい話じゃない。気楽に聞いててくれ。
 俺はカウンターの窓を閉めると、横の勝手口から外へ出た。俺の相棒であり友人でもある犬のタムスは、草の上に寝転がって気持ちよさそうにうたた寝をしている。
「タムス、ちょっと出てくるから留守番頼んだぞ」
 俺がそう声をかけると、タムスは顔を上げて「ワン!」と一つ元気に吠えた。

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