■当らない占い師 シナリオ1〜母と薬〜■ □side-E□
「待ちなさいっ!」
木々の合間に生えている草を書き分けながら追ってくるおばさんから俺は逃げていた。
おばさんは意外に根気強い。この薬が息子を治すものだと思っているからだろうか。
しかし悪いが、俺も捕まるわけにはいかない。俺は草の合間をその薬をくわえて走った。
おばさんが意外に早い。後ろが気になってちらっと振り返った瞬間、俺はたまたまそこにあった石につまづいてコケた。
「いて! なんだよこの石!」
俺は悪態をついて石を蹴り避ける。その間にも、おばさんは俺を捕まえるべく距離を詰めてくる。
早い。俺は焦った。慌てて走る。実際俺のほうが身は軽い分、スピードも速い。また距離は少しずつ開いていく。
が、俺は焦っているあまり、足元をあまり見ていなかった。
「んわっ!!」
突き出した前足が地面を踏まなかった。衝撃。いてぇ……どうやら穴に落ちたらしい。
って、誰だよこんなとこに穴掘ったのは!?
「ほほほ、『猫も穴に落ちる』とはよく言ったものね」
んなことわざねぇよ!!
俺は泣きそうになりながらも穴から這い出て、すぐ近くにせまったおばさんから必死で逃げる。
「さぁ、今捕まえてあげますからね! 待ってなさい!!」
多少距離を詰めたことで余裕が出来たのか、おばさんが高らかに笑う。
しかし、あれから結構走っているはずなのに、まだ追ってくるぞ。なんてパワフルなおばさんなんだ。
本当にただの主婦なのだろうか。俺は少し疑いながら走る。
ふと気がつけば、もう林を抜けたらしく木々はまばらになっていた。目の前に広がっていたのは……
(崖だ!)
しかも、何故かトロッコが二台。
おばさんは依然として俺を追ってくる。左右に逃げられそうな道はない。
くそっ、一か八かだ!!
俺はさらに加速して、トロッコに飛び乗った。その振動でか、トロッコが軽やかに動き出す。
流石にここまでは…と息をつきかけた俺の耳に、重なって聞こえる車輪の音。
「待て〜! このドラ猫!!」
いくらなんでもトロッコには乗ってこないだろうという俺の淡い期待は早くも打ち砕かれた。うんざりしながら後ろを振り返ると、トロッコに乗ったおばさんが腕を振り上げて怒鳴っている。
俺は一つため息をついた。待てって言われてもね……
(止まらないのよ、これ)
どこを見てもブレーキらしきものは見当たらない。
これは、やっかいなものに乗ってしまったかな……
トロッコはどんどん速度を増していく。
仕方ない。ここに居れば捕まることもないだろうし、俺はトロッコを満喫することにした。
心の中で喝采をあげる。身体を撫でていく風が気持ちいい。
一人トロッコを楽しんでいる俺の後ろで、おばさんがぽつりと呟くのが聞こえた。
「トロッコも乗りこなすなんて……ただもの、じゃない、ただネコじゃないわね!
捕まえたら雑技団にでも売り飛ばしてあげるわよ!」
俺はその発想に心の中でわお! と叫び声をあげた。
あんなところで一生を終えるなんて冗談じゃない。
おばさんはどこからその元気が来るのか、なおも俺に向かって「早く返しなさ〜い!」だのと騒いでいた。
しかし、この追いかけっこはいつまで続くのだろうか。何とかして今日中に家に帰りたい。
(困ったな……)
この薬は今ここで捨てちまってもいいけど、まだ棚には残ってたしな。薬がある限り、あのおばさんはそれを息子に飲ませるだろう。
なんとかおばさんに気づかせないと。
どうやって、と考えていた俺の後ろから、おばさんの怒鳴り声が聞こえた。
「これでも食らえ!」
同時に、風を切る音。
慌てて振り向くと、目の前にやかんが飛んで来ていた。
(うわぁぁぁぁ!)
慌てて頭を引っ込めて避ける。
もうないだろうか、頭をひょこっと出すと、今度はフライパンが飛んでくる!
(ひぇぇぇぇ!)
心で叫びながらも、なんとか回避。
さすがにもう…と油断して顔を出すと、顔の横を包丁が掠めて行った。
(うひょおおお〜!)
一瞬背筋が凍った。
あんたねぇ、どっからこういうモン出してんの!?
さっき走っていた時には持っていなかったのに……謎だ。
さすがにもう何も飛んでは来なかった。ばくばくと波打つ心臓をなだめながら、俺はまた一つ息をつく。
トロッコは軽快な音を立てながら走り続けた。刻々と変わって行く景色の中、俺は前方に町の郊外らしき輪郭を確認する。
そろそろ終点だろうか…この調子ならなんとか逃げ切れそうだ。この先は多分隣町だろう。
(そういえば、隣町にはホワイトチャック先生がいたっけ…)
以前会った事のある医者を思い出して、俺は頭の中で計画を練り上げる。いい案が浮かんだ。
(よし、その手で行こう。これでOK!)
俺はぐっと心の中でガッツポーズをした。
その時だ。
ふっと、重力がなくなった。
(!? ニャにぃ!?)
線路が切れていた。咄嗟に落ちるトロッコのへりを前足で強く蹴り、向こう岸へと飛ぶ。
(届け〜ッ!!)
死に物狂いで空気をかく。俺の願いが届いたのか、俺の身体は崖の底ではなく、対岸の地面に叩きつけられていた。
いってぇ…ま、まぁ、崖に落ちなかっただけましだけど。
俺が起き上がると、おばさんはなんともなくトロッコで地面に着地していた。
(ぎょえぇえ!)
なんともなくトロッコから降りてくるおばさんに、俺は恐れすら覚えて一目散にその場を逃げ出した。
民家の窓が開いてる!
俺は必死でそこに飛び込んだ。
さ、さすがにここまでは来れないだろう……
が、そんな考えは甘かったらしい。
壁を叩く鈍い音とともに、建物全体が振動する。
嫌な予感とともに、それが数回繰り返される。
ま…まさかな……
冷や汗をかいてたじろぐ俺の目の前で、壁が音を立てて崩れ落ちた。
そこからあのおばさんが、呆然としている老人を突き飛ばして俺を追ってくる。
(だあぁぁぁぁ!!)
俺はおばさんの馬鹿力に恐怖を覚えながらも、慌てて扉に向かって駆け出した。
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