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■白鹿亭冒険記譚■ □【蒼空の雫】冒険譚〜よき空の巡りに鐘が鳴る side-B□

 港町ウィーザは、交易都市ラルードから南に半日ほど街道を行った先にある。夕方に【白鹿亭】を出発した【蒼空の雫】は一度の野宿を挟み、翌日の早朝ウィーザに到着した。
 早朝のウィーザは薄く霧がかり、海から離れた北門にいても微かに潮の香りがした。一行はまず依頼の詳細を聞くために、ベルフォートの屋敷を探して歩きだした。
 交易が盛んな港町というだけあって、朝の通りはすでに露天や通りを歩く人で賑やかだった。一行はカーバン群島で採れる植物を扱っている露天商から薬草を一束買い、ベルフォートの屋敷の場所を訪ねた。
「ベルフォートさんのお屋敷は、港の入り口に面した道を左に曲がった通りにあるよ。大きなお屋敷だから見ればわかる」
 一行は露天商に礼を言い、港に向けて歩きだした。
 海辺へ向かう中央通りを歩きながら、きょろきょろ周囲を見回していたファルがふと口を開いた。
「なんだか、やけに冒険者が多いですね」
 言われて、ライハも通りを歩く人に注意を向けた。確かにファルの言葉通り、船乗りや人足に混じって、得物を持つ冒険者然とした人が多く歩いているようだ。依頼で何度かウィーザに足を運んだことはあったが、こんなに冒険者が多かった記憶はなかった。
「最近なにかと物騒ですから、護衛に冒険者を雇う商隊が増えたのかもしれませんね」
 道行く人を横目で見ながら呟いたローゼルに、ライハはなるほど、と納得した。そういえば親父さんも、野盗集団がどうのという話をしていたような気がする。
 一行は露天商に言われた通り、港の入り口を左に曲がった。すぐに、周りの建物より一際大きな豪邸が目に入った。邸に近づくにつれて、どれだけ豪勢な造りかがよりはっきりとしてくる。
「さすが金持ちね。気前がいいのも頷けるわ」
 期待半分、嫌み半分でアニスが呟き、隣でエリータがうなづいた。一行は門の鉄格子を開けると、庭の合間を縫う煉瓦道を通って、細やかに彫刻された玄関のドアをノックした。
 しばらくの沈黙が過ぎ、あまりの反応のなさに一行が住人の不在を疑った頃、ようやく重々しい音を立ててドアが開いた。玄関に立っている男性は、その身なりからしておそらくベルフォート家の執事だろう。一行を迎えた初老の執事はこの風変わりな来客にもまったく驚いた素振りを見せずに、落ち着き払って一行に尋ねた。
「冒険者の方々でいらっしゃいますか?」
「あぁ、【白鹿亭】の【蒼空の雫】という。依頼の紙を見てやってきたんだが…」
 ライハが答えると、執事は片手で彼らの後方を指し示した。
「中央広場へお行きください。もうすぐ始まる頃ですので」
 てっきり中に通されると思っていた一行は、予想外の指示に顔を見合わせた。執事にどういうことか尋ねようとしたが、他に言うことはないというように、「失礼いたします」と一言添えてドアを閉められてしまった。
「もうすぐ始まるって…なにが?」
「とにかく、行ってみましょう」
 釈然としないまま、一行は足早に中央広場へ向かった。
 二十分ほど来た道を戻ると、大きな交差点の案内板に中央広場の文字が見えた。彼らの今歩いている露店通りもそれなりに賑わっているが、案内板が示す方角からは一際大きな喧騒が聞こえていた。不審な顔で一足先に交差点を曲がったアニスが、突然大声を上げた。
「な、なによあれ!?」
 アニスの声に、遅れて歩いていた一行も急いで角を曲がり、その光景に思わず足を止めた。
 中央広場は人でごった返していた。それも、ただの人ではない。その人々はすべて冒険者だった。何十という冒険者が一堂に中央広場に会し、仲間と雑談しながらなにかを待っているのだった。
「どういうことでしょう……」
「ベルフォートは、どうやら他の宿にも依頼を出したようだな」
 呆然と呟いたファルに答えたのは、仲間の声ではなかった。
 聞き慣れない声に一行が驚いて振り返ると、彼らの背後に立っていた青年が親しげに笑った。彼はシャツに七分丈のパンツ、ショートブーツと身軽そうな服で、腰に巻かれたベルトには二振りの短剣がぶら下がっていた。
「誰よ、あんた」
 苛立ちを隠さないままアニスが青年を睨みつけたが、青年はまったく意に介した様子なく、アニスにウインクを返した。
「そんなに睨むなよ兄弟、かわいい顔が台無しだぜ」
「あんたねッ」
 かっとなって怒鳴ろうとしたアニスを手で制して、ローゼルが青年に尋ねた。
「あなた、なにか知っているのですか?」
「いや、詳しいことはなにも。ただあのベルフォートのことだ、ここにいる全員を雇うってことはなさそうだけどな」
 まるで、ベルフォートをよく知っているような口振りだ。ライハがいぶかしく思っていると、彼は「ほら」と広場の中央をあごで示した。
「依頼主のお出ましだぜ」
 青年の言葉につられて広場の方に目をやると、恰幅のいい中年男性が引き連れた護衛に手を借りながら、前方に据えられた台に上ったところだった。おそらくあの男性が依頼主のマクディ・ベルフォートだろう。彼はまるで演説を始める政治家のように、集まった冒険者たちに笑顔で手を振った。
「いかにもどん欲そうなクソブタって顔してるわね」
「黙ってろ、アニス」
 実際ライハもその通りだと思ったのだが、仮にも依頼主になる人物だ。いさめられたアニスは肩をすくめて、再びベルフォートに注目した。
 ベルフォートが腕を下ろすと、広場は先ほどの喧噪がまるで嘘のように静まり返った。ベルフォートは満足げにひとつうなづくと、ミスティックで音を増幅させる道具――拡声器を使って、広場の冒険者たちに話し始めた。
「お集まりいただいた冒険者の諸君、今日は私の出した貼り紙の為にご足労いただき、大変感謝している!」
 拡声器から響いた声は聞き取りにくいだみ声で、ライハは不快げに眉をひそめた。しかし周りの冒険者たちはまったく気に障った様子もなく、ベルフォートの言葉に沸き立ち歓声を上げていた。
 ベルフォートは片手で冒険者たちをなだめると、もったいぶるように一拍置いてから先を続けた。
「今日集まってもらったのは他でもない、私の大切な荷物を運ぶ為なのだが…なにしろ、本当に大切な荷物だ。できるだけ腕の立つ冒険者に運んでもらいたい。そこでだ」
 ベルフォートは言葉を切って、人差し指を立てた。
「私はこの町の中に、運んでもらう荷物を厳重に隠した。諸君等にはそれを探してもらい、一番早く隠し場所にたどり着いた者に、この件を正式に依頼することとする」
 広場の中がどよめき、それまでベルフォートの話を大人しく聞いていた冒険者たちの目の色が変わった。
 ベルフォートはその様子をしばらく愉快そうな表情で眺めていたが、おもむろにポケットから笛を取り出すと、ピィー、と甲高い音を鳴らした。
「この笛が町に鳴り響いた時が終了の合図だ。諸君等の健闘を祈る――スタート!」

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