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■白鹿亭冒険記譚■ □【蒼空の雫】冒険譚〜よき空の巡りに鐘が鳴る side-D□

「あーもう、結局走り損だったわ!」
 日の傾きかけた街道をラルードに向けて歩きながら、今日幾度目かになるセリフをアニスが憤慨しながら喚き散らした。その後ろを歩くライハも、残念な気持ちと共にウィーザでの半日を思い返していた。
 結局、一行が屋敷に到着したものの数秒差で、依頼は別の冒険者の手に渡ってしまった。後から聞いたところによると、見当がつかず途方に暮れ、棄権しようとしていたパーティが運よく依頼の権利を手に入れたそうだ。一行はわずか五十バーグの手間賃をもらうまでの間に、思わぬ幸運を手にしたパーティが説明を受けて荷馬車と共に屋敷を送り出されたのを、歯がゆい気持ちで見ていた。
 まだウィーザに用事があるという青年と別れた彼らは、自分たちの宿に帰るべくウィーザの街を後にしたのだった。
 だらだらと街道を歩く一行の耳に悲鳴と剣戟の音が届いたのは、ちょうど街道が森のすぐ側を通るあたりだった。
「何だ!?」
 森に沿って大きくカーブする街道を駆け足で進むと、地に横倒しになった馬車の幌と、その脇に倒れた三人の男女が見えた。視界の隅に、森に消えゆく赤いバンダナがちらりと映って、盗賊に馬車が襲われたのだと一行は瞬時に状況を察した。
「逃がすかっ!」
 森に消えた盗賊の後をすぐさまアニスが追った。その後に続いてエリータが森に飛び込み、残りは倒れた三人に駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
 ファルがそのうちの一人を助け起こすと、男は血の気の失せた顔で、森の方に力なく手を伸ばした。
「に、荷物が……」
「ファル、クロ、ここを頼む」
 ライハはファルとクロがうなづくのを体を翻しざま確認し、先行したアニスとエリータの後を追って森の中に飛び込んだ。
 木々の根に足を取られないよう気をつけながら、音のする方へ走る。すぐ後方に追いついたローゼルが、ライハに鋭くささやいた。
「ライハ、あの三人……」
「あぁ」
 分かってる、とうなづいて、ライハはカタナの柄に手をかけた。街道に倒れていた三人は、先ほどウィーザのベルフォート邸で見かけたばかりだ。彼らは依頼を勝ち得た冒険者だった。
 木々の合間を抜け、森の中の開けたところに出た。そこではすでに攻防が繰り広げられており、アニスとエリータはそれぞれの得物を手に、バンダナの集団と渡り合っているところだった。
 手前の盗賊が二人を足止めしている隙に、盗んだ荷物であろう大きな木箱を抱えた二人が逃走を計った。
「逃がしません!」
 それに気づいたローゼルが早口に呪文を唱え、サファイアロッドをひと振りした。
「大空を駆ける隼よ、今、我にその姿を示せ! “熱隼の飛行”!」
 サファイアロッドに呼応して、森の奥に逃げようとした二人の目の前を炎の帯が駆け爆ぜた。驚きと危機感にたたらを踏んだ二人の手から、バランスを崩した木箱がどさっと重たい音を立てて土の上に落ちた。
 二人の顔がざっと青ざめ、その憎々しげな視線が木箱からローゼルに移った。盗賊はナイフを抜くと、ローゼルに素早く詰め寄った。
 繰り出されたナイフを、間に割って入ったライハがカタナで受け止めた。そのまま刃を滑らせてナイフをはじくと、がら空きになった盗賊の鳩尾を思い切り蹴り飛ばした。
 吹っ飛んだ盗賊の横をもう一人がすり抜け、ライハにナイフを突き出した。ライハは身を捻ってそれをかわすと、盗賊の横っ面に刀の柄を叩き込んだ。平衡感覚を失いつつもライハをにらみつけた盗賊の腹に一発拳をおみまいして地に伏せさせると、ライハは一つ息をついて辺りを見回した。
「こっちも終わったわ」
 すがすがしい表情でエリータがそう告げた。周りにはざっと十人ほどが地面に転がって、気絶したり呻いたりしていた。
「やれやれ…とりあえず、ロープで縛って転がしておくか。ラルードの自警団に言えば引き取りに来るだろ」
 アニスが既に始めていた捕縛作業をエリータが手伝いに行ったので、なんとなく手持無沙汰になったライハは荷物の木箱に歩み寄った。見れば、地面に落ちた衝撃でふたが外れかけている。その隙間からは、ぼうっとするような甘い匂いが微かに漏れ出ていた。
「ライハ、この香りは……」
 横に並んだローゼルがなにかを言いかけたが、ライハは続きを待たずに木箱のふたを外した。途端、むわっと甘い匂いが強くなる。
「おいおい、マジかよ…」
 運ばれていた思わぬ“荷物”に、ライハは呆然とそれだけ呟いたのだった。

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