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■白鹿亭冒険記譚■ □【蒼空の雫】冒険譚〜よき空の巡りに鐘が鳴る side-F□

 食堂兼酒場に戻った【蒼空の雫】一行と少女は、揃って丸テーブルを囲んでいた。時刻は既に深夜の二時を回っていたが、予想を上回る事態のせいで、誰一人として顔に眠気を浮かべているものはいなかった。
 亭主が淹れ直した紅茶を飲んで少女が落ち着くのを待ってから、ライハはメンバーの名をそれぞれ紹介し、今までのいきさつを簡単に少女に説明した。
 彼らがベルフォート氏の出した貼り紙を見て、ウィーザまで依頼を受けに行ったこと。しかし、依頼は別の冒険者が受けることになり、ラルードに帰ろうとしたこと。その途中、ベルフォート氏の依頼を受けた冒険者たちが盗賊に襲われている場面に遭遇し、荷物を取り返したこと。荷物である木箱の中には件の少女が入っており、香で眠っていたためとりあえず連れて帰ってきたこと。少女はライハが語る顛末を大人しく聞いていたが、さすがに自身のくだりでは青ざめた顔を強張らせていた。
「それで、ベルフォート嬢……」
 沈黙した少女にライハが遠慮がちに声をかけると、少女は俯けていた顔をキッと上げてライハを睨みつけた。
「セナスタシアよ。ベルフォートの名で呼ばないで」
 そのあまりに鋭い語気にライハは若干たじろいだが、素直に名前を呼び直した。
「……セナスタシア。一体なにがあったんだ?」
 セナスタシアは問いかけに答えるのをためらって視線をさまよわせた。静かに言葉を待つ一行を、警戒するようにちらりと一瞥する。
「…本当に、あなたたちは私を殺そうとしてるわけじゃないのね」
「ばーか。殺すんだったらアンタが寝てる間にもう殺してるっての」
「アニス」
 辛辣に言い放ったアニスをファルが軽くいさめた。ぎくりと身を固くしたセナスタシアに、エリータが苦笑まじりに言った。
「そもそも冒険者は暗殺者じゃないもの、殺しの依頼なんか受けないわ。ま、信じろって言っても難しいかもしんないけど」
 セナスタシアはしばし難しい顔で考え込んでいたが、やがてなにかを決心したようにうなづくと、一行をゆっくりと見回して口を開いた。
「……あなたたちにお願いがあるの。報酬も支払うわ」
 セナスタシアの真剣な表情に、一同は顔を見合わせた。
「つまり、わたしたちを雇いたいってこと?」
「ふーん、面白くなってきたじゃん。ローゼル、リスクは?」
 アニスに名指しで問われたローゼルは紅茶を一口すすって、「そうですね…」と一拍考えてから答えた。
「どちらにせよ彼女を保護した時点で、我々はベルフォート商会を敵に回したと思っていいでしょう。荷物の中身を知ってしまったんですから」
「受けても受けなくても変わんないってことか。どうする?」
 アニスが窺うようにリーダーであるライハを見た。他の皆の注目も、自然とライハに集まる。
 皆の視線を受けたライハは、観念したようにもろ手をあげて椅子の背もたれに寄りかかった。
「ここまで関わっておいて今更放り出すわけにもいかないだろ。話を聞こう」
 セナスタシアは幾分かほっとしたように表情を和らげたが、すぐにまた神妙な面持ちで話し始めた。
「まず、あなたたちに依頼したいことは一つ。私を、ある人のところまで連れて行って欲しいの」
「そのある人っていうのは?」
「昔ベルフォート家に警備で雇われていた人よ。名前はターナ・ハント。お父様との諍いがきっかけで解雇されてしまったの。つい先日リンドから手紙が届いたわ」
 リンドとは、ラルードから徒歩で三日ほど街道を北に行ったところにある小さな宿場町だ。一行もよく旅の中継地点として利用することがあった。
「手紙によると、ターナはしばらくリンドに滞在するとのことだったわ。家が安全じゃない今、私に頼れるのはもうターナしかいないの」
「おっと、わたしたちも忘れないでよね」
 エリータがおどけた調子でウインクすると、セナスタシアの強張った顔が少し和らいだ。そんな彼女を見ていたファルが、やりきれない顔で呟いた。
「しかし、ベルフォート氏はなぜ……」
「私が……ベルフォート商会の悪事を知ってしまったからよ」
 セナスタシアはためらいがちにそう答えて悲しげに目を伏せた。一行はしばらく気遣わしげに彼女を見つめていたが、やがてライハが口を開いた。
「…それで、その悪事っていうのは?」
 セナスタシアは悲しみを振り払うように一つうなづくと、淡々とその時のことを話しはじめた。
「その日、いつもは鍵がかかってる父の書斎の扉が開いていたの」
 決して入ってはいけないときつく言い聞かされていたが、かねてより父の書斎に興味深々だったセナスタシアは、誰にも見つからないようこっそり中に入った。書斎は広く、彼女は宝探し気分で、初めて入った父の書斎を眺め回した。
 そこで見つけたのは、とある野盗集団との取引記録だった。
「経営の資料まで見るつもりはなかったの。でもたまたまデスクの上に、紅鷺団の名前があって――」
「紅鷺団?」
 カウンターの奥で大人しく話を聞いていた亭主が、ふと問い返すように呟いた。何か思い当たることがあったのか、亭主は無言でごそごそと引き出しの中をかき回し始めた。
「親父?」
「…あったぞ、やっぱりな。都市警から討伐の依頼が来てた」
 先日言っていた依頼か、とライハははたと思い出した。あの時は内容を聞かずに突っ返したが、まさかこんな形で関わるとは思わなかった。
「近頃、ラルード近郊の街道で商隊の荷馬車を中心に襲う野党集団ですね。私も噂に聞いた覚えがあります」
「ベルフォート商会は、取引が禁止されている麻薬や酒を紅鷺団に渡して、街道通行の便宜を図っていたの。その取引内容が記載された紙を見たわ」
「なるほどな。いわゆる賄賂みたいなもんか」
 ベルフォート商会により紅鷺団は品物を入手し、それによって商会の荷物の安全は保障される。上手いことを思いついたものだ。思わず感心してしまったライハをよそに、セナスタシアはさらに話を続けた。
「それだけじゃないの。商会の主要取引先の一つにカーバン群島っていうところがあるんだけど、そこは日用品のほぼ大半を大陸からの輸入に頼っているわ。商会はその取引額をタネに、都市警の目につきにくい群島で秘密裏に麻薬を栽培・精製しているのよ」
「だったら、別の商会から買えばいいだけの話じゃないか」
「馬鹿ね。そう出来るならとっくにそうしてるわ」
 確かにその通りだ。ライハの問いにあきれ返ったセナスタシアがため息をついた。
「いい? カーバン群島は二つの海流がぶつかり合っていて、船を出すことがそもそも危険な地域なの。彼らと貿易するには、莫大な資金力と十分な船の設備、そして優秀な航海士が要るのよ」
 その三つ全てを兼ね備えているのは、このあたりだとベルフォート商会しかないということだ。
 セナスタシアの説明に一行が納得したところで喋る者がいなくなり、場は急にしんと静まり返った。誰もが沈黙にふける中、セナスタシアがふっと自嘲的な笑みを漏らした。
「書斎ではち合わせたときのお父様の顔、忘れられないわ……今まで見たことがないくらい怖い顔で怒られたもの。その日はショックで部屋から出られなかった……その次の日のことよ、お父様が私に香水瓶を下さったのは」
 昨日は怒ってすまなかったと言いながら、あの怒りが嘘のように優しい顔で、父は香水瓶をセナスタシアに渡した。喜んだセナスタシアがその場で瓶を開け、甘い香りを吸い込んだ瞬間から、彼女の記憶はない。
「……だから、殺されるなんて思ったのね」
 エリータがぽつりと呟き、その横でファルが今日何度目かになる祈りを唱えた。今までカウンターの椅子に座って話を聞いていた娘さんが、セナスタシアの手をとってぎゅっと握った。
「セナスタシアさん、大丈夫よ! 絶対この人たちがなんとかしてくれるからね!」
「まぁ少々頼りない駆け出しもんだが、あんたを守るぐらいには使えるだろう。頼ってやってくれ」
「親父……」
 容赦ない亭主の言葉に、ライハは思わず苦笑した。しかし、野盗集団と裏取引するほど汚れきっている奴だ。セナスタシアの奪還あるいは始末に、どんな手を使ってくるかわからない。
 少し気を引き締めないといけないな、と思って、ライハは軽くため息をついた。

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