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■白鹿亭冒険記譚■ □【蒼空の雫】冒険譚〜よき空の巡りに鐘が鳴る side-G□

 次の日、手早く旅の支度を整えた【蒼空の雫】とセナスタシアは、一路リンドに向けて出発した。
 道中は天気もよく、一行は順調に街道を北へと進んだ。途中、リンド方面から来た何組かの商隊とすれ違ったが、盗賊の被害にあった形跡はなかった。賑やかに話しながら先を歩くアニスとエリータ、そして依頼者であるセナスタシアの後ろ姿を見ながら、ライハはこのまま何事もなくリンドに着ければいいんだが、と思った。
「殺されるかもしれないと言っていたのに、呑気なものですね」
 呆れ調子でそう言ったのは、ライハの隣を歩いていたローゼルだ。その言葉の裏にある心配を見抜いて、ライハは苦笑交じりに返した。
「まぁ、落ち込んだり思いつめて黙ってたりするよりいいだろ。野盗集団の目撃ポイントもまだ先だ」
「油断禁物ですよ」
「分かってるって。ああ見えて、アニスもちゃんと警戒してる。俺らがピリピリしてセナスタシアを余計に怖がらせることもないさ」
「そうですけどね……」
 納得できない様子で言葉を濁したローゼルの頭を、ライハは突然ぽんぽんと撫でた。驚いたローゼルが頬を赤らめて勢いよくライハを見上げた。
「なっ何ですか!」
「いや、一年ぐらい前のお前みたいだよなーって思って」
「は?」
 意味不明だと言いたげに顔をしかめたローゼルに、ライハは意地悪くにやりと笑った。
「お前もあんなんだったぞ。全部が新鮮で興味深い、っていう顔して」
「さぁ、覚えがありませんね」
「初めて見た果物の屋台につられて、迷子になったのも?」
「知りません!」
 過去の醜態にすっかり赤面し、怒ったローゼルは持っていたロッドでライハのスネを思い切り叩くと、憤慨して足早に歩いて行ってしまった。痛みに思わずスネを押さえて飛び上がったライハの後ろで、一部始終を見ていたファルが穏やかに笑った。
「そんなことがあったのですね」
「なんも叩くことねーだろ……あージンジンする」
「誰にでもあることですから、恥ずかしがることではないんですけどね」
 白々しくローゼルを擁護するようにそう言ったファルの横顔を、ライハは半眼でじーっと見つめた。
「……お前も似たようなもんだったもんなぁ……」
「そのおかげで今の自分がありますから」
 あっさり微笑み返されたので、ライハは無言で面白くなさそうに頭を掻き回した。



 その日の夜、ライハが見張りをしながら焚き火をかき回していると、簡易テントから誰かがそっと起き出してきた。振り返ると、セナスタシアが迷子の子どものように、ブーツをつっかけて夜闇に立ち尽くしていた。
「眠れないのか?」
 問いかけにうなづいたので、ライハはセナスタシアに座るよう促した。彼女は大人しくライハの横に座り、肩にかけていた毛布を胸の前でかき合せた。ライハは寒くないよう火に薪を足し、小鍋で温めていた葡萄酒をカップに注いで差し出した。
 湯気の上り立つカップを受け取り、両手で包むように持ちながら、セナスタシアはぼうっと焚き火を見つめていた。ライハが何も言わずに焚き火をかき混ぜると、ぱちりと爆ぜた薪の音にかき消されそうな声で、セナスタシアが呟いた。
「……怖いの」


挿絵(絵師:彩名深琴様)

 ライハが手を止めてセナスタシアを見やると、そのか細い肩が震えていた。寒さのせいではないだろう。急に放り出された広すぎる世界への、未知への怖れだろうか。生まれてから旅暮らしだったライハにはよくわからないが、ふと一年ほど前に呟かれた言葉が頭の中をよぎった。その時の心細い姿が今のセナスタシアに重なって見えたので、ライハはその時と同じように、セナスタシアの頭を優しく撫でた。
「ちょっと似てるんだな、ローゼルに」
「……そうなの?」
 驚いて顔を上げたセナスタシアに、ライハは苦笑しながらうなづいた。
「あいつ、一年ぐらい前まで、自分の住んでた塔から出たことがほとんどなかったらしいんだ。塔っていうか魔術師連盟の学院だけどな」
 彼女は生まれてからずっと魔術師としての教育を受けてきた。昼は魔術を学んで、夜はあてがわれた寮の自室で眠る。食事はすべて食堂で支給されるし、果物は皮がむかれて食べやすい大きさに切られ、皿に盛られて出てくるのが普通だった。
 ライハがローゼルと出会ったのは、そんな彼女が初めて師について塔の外に出た時のことだった。最初のうちはなにかと目の敵にされていたが、今ならそれが、世界を自由に旅するライハへの嫉妬だったと分かる。何度か偶然の邂逅を重ねた後、ローゼルはライハに、自分を塔から連れ出して欲しいと依頼した。
「いくら魔術が使えても、世の中知らないことだらけだったからな。慣れるまでたまに怖そうにしてた…あの性格だから素直には出さなかったけど。だから、何の手段もないあんたが怖がるのも仕方ないよな」
 一人納得して、ライハはセナスタシアを安心させるように笑った。
「ま、大丈夫だ。あんたには俺たちがついてるし、頼るやつだっているんだろ。俺たちも頼られるやつも、ちゃんとセナスタシアが怖くなくなるまで助けてやるから、な?」
 セナスタシアはじっとライハの目を見ていたが、少し照れたように目をそらしてうなづいた。ライハはくるりと小鍋の葡萄酒をかき回して、セナスタシアの持つすっかり冷めたカップを見やった。
「冷めたろ、それ。温め直すか?」
「ううん、大丈夫。もう寝るわ……ごちそうさま」
 カップの中の葡萄酒を飲み干して、セナスタシアはライハにカップを返した。その表情が幾分か和らいでいたので、ライハも素直にカップを受け取って、テントに戻るセナスタシアを見送った。
 傍らの砂時計を見ると、まだ見張りの交代までは時間がある。ライハはくうっと伸びをして、煙が溶け行く空を見上げた。

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