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■白鹿亭冒険記譚■ □【蒼空の雫】冒険譚〜よき空の巡りに鐘が鳴る side-H□

 街道を進む一行の足をアニスが止めたのは、二日目の昼のことだった。
 両脇を森にはさまれた、狭い道でのことだ。微かな殺気に気づいて立ち止まったアニスが、一行に引き返す合図を送ろうとして上げた手をはたと止めた。
「……囲まれた」
「行動がやけに素早いな、狙われてたか」
 忌々しげに呟いたライハの隣で、背負っていた大剣に手をかけたエリータがふてぶてしい笑みを浮かべた。
「退路がないなら、押しても引いても一緒ね」
 エリータはライハの横を通りぬけざま、彼の後ろで不安そうに身を縮めていたセナスタシアの背を勇気づけるように軽く叩いた。彼女は一番先頭まで歩み出ると、ざっと辺りを見回して声を張り上げた。
「隠れてないでさっさと出てきな、時間の無駄だよ!」
 応える者が誰もいないと思えるほどの静寂が過ぎ去って、エリータがもう一度声を出そうとしたその時、森の中で聞き覚えのあるだみ声が笑った。
「たかが冒険者風情にしては、ずいぶんと優秀なようだな」
 そう言いながら姿を現したのは、私兵をぞろぞろと引き連れたマクディ・ベルフォートだった。余裕の表情で道の真ん中に立つベルフォートを睨みつけて、セナスタシアがかすれた声を絞り出した。
「……お父様」
「おぉ、セナ。今助けてやるぞ」
 一行の中に娘をみとめたベルフォートは、わざとらしく両腕を広げて娘を招いた。その間に割り入ったライハが厳しい口調でベルフォートに言葉を吐いた。
「なにが助ける、だ。実の娘を無理やり眠らせたうえに、荷物として冒険者に運ばせようとしたヤツがどの面下げて言ってやがる」
「ぐふふ、そこまで知っているのか…お主らには見覚えがあるぞ、わしの依頼を受けに来ただろう」
 ベルフォートは一行を値踏みするようにねっとりと見回して、下劣な笑みを浮かべた。
「娘を渡してくれたら、報酬の八百バーグを支払おう。どうかね、冒険者」
 セナスタシアが背後で緊張に身を硬くした気配を感じて、ライハは大仰に肩をすくめてみせた。
「悪いが、俺たちはあんたの依頼を受けてない。セナスタシアは渡せないな」
「それに、どーせホントに八百バーグ支払う気もないんでしょ」
 アニスの茶々にベルフォートはククッと喉を鳴らした。
「その通りよ、冒険者。まったく、お主らがおらんかったらな…リスクを冒さず娘を始末できたものを」
 あまりにも率直な物言いに、セナスタシアの顔からざっと血の気が引いた。ショックを受けた彼女をかばうように、いつになく感情的になったファルが一歩前へ出て声を荒げた。
「あなたは父親でしょう!? 実の娘に対して、良心というものがないんですか!?」
「ふん、そんなもの。良心など金にならん」
 吐き捨てるようにあっさりと言ってのけたベルフォートに、ファルは思わず言葉を失った。その様子にベルフォートはニヤリとあくどい顔で笑うと、意気揚々と語り始めた。
「紅鷺団との取引のおかげで、わが商隊の荷物は襲撃されん。が、勘ぐるものが出てきてな。ちょうど紅鷺団の団長が娘を見染めたようだったから、荷物に紛れ込ませてくれてやろうと思ったのよ。娘の口封じも出来て荷物の襲撃例も作れる、こんな機会は他にあるまい?」
「…それで、わざわざ冒険者に依頼を?」
「高額の報酬につられてくるのは、自信過剰のバカな冒険者だけだ。経験を積んだ冒険者は、怪しい依頼には食いつかん。程度の低い奴らから荷物を奪い去るなど造作もないだろうと思ったが…ふん、程度の低い割にはよく邪魔してくれたわ」
 あからさまに一行をバカにした言葉に、ライハは悔しさをこらえてぐっとこぶしを硬く握った。自分たち冒険者が軽んじられたのも気に食わないが、ベルフォートの言う通り冒険者としての経験が足りないことがなによりも悔しい。まったく言い返せない一行に、ベルフォートが再び愉快気に喉を鳴らした。
「大人しく紅鷺団の手に渡っていれば、命は助かっただろうに……これで、その冒険者ごとまとめて殺さなければならなくなった。残念だよ、セナ」
 ベルフォートが口を閉じたのと同時に、一行の背後に赤いバンダナを身に着けた男たちが次々と現れた。集団のリーダー格らしい男が、ナイフをもてあそびながらベルフォートに笑いかけた。
「ベルフォート、約束、忘れんじゃねーぞ」
「わかっておる、麻のひと箱ぐらいくれてやるわ。さっさと片付けろ」
「へーい」
 道の前方ではベルフォートの私兵が剣を抜き、後方では紅鷺団がナイフを手に一行を見ていた。セナスタシアを背中にかばいながら、圧倒的な数の多さにライハは一人ぼやいた。
「こりゃ、ちょっと手間だな……」
「どうするリーダー?」
「強行突破しかないだろ」
 答えて、ライハは剣を抜いた。他の面々も一様に得物を手にし、セナスタシアを中心に円陣を組んだ。
「ローゼル、セナスタシアを頼んだ」
 仕掛け際、ライハはローゼルの肩をぽんと叩いてそう声をかけた。ローゼルが表情を引き締めてうなづく。
 ライハはふ、と一瞬微笑んで、迫りくる前方の私兵に突っ込んでいった。
 ローゼルの隣では、セナスタシアが強張った表情で緊迫した戦況を見ていた。ふと、その怯えをはらんだ瞳と目が合って、ローゼルは気丈に笑いかけた。
「大丈夫ですよ、見ていなさい」
 そしてローゼルは、前方で戦うライハに視線を移した。複数の私兵に囲まれているが、猛攻をなんとかしのぎつつ隙を見て反撃している。ローゼルは援護をすべく、両手に持ったサファイアロッドに意識を集中した。
「炎に棲まう熱き獣よ、今、我の前にその力を示せ。“火鼠の牙”!」
 サファイアロッドの先端に炎が宿り、ローゼルはそのままロッドを前方に向けて振った。炎はロッドを離れて私兵数人に当たり、その鎧を溶かした。そうして作られた隙を逃さず、ライハは次々と敵をほふり、ローゼルも続けざまにいくつか魔術を放った。
 その時だ。エリータの大剣と組み合っていた盗賊団のリーダーが、大剣を弾きざまローゼルに向けて投げナイフを投てきした。アニスが軌道をを防ごうととっさに動いたが間に合わない。ローゼルは機敏に振り返り体をそらしたが、ナイフが二の腕をかすり、勢い余って地面に体ごと倒れこんだ。
「くっ…!」
 一瞬周りの状況がつかめなくなり、二の腕を走った痛みにローゼルはうめき声を漏らした。しかしすぐさま手をついて体を起こすと、状況を把握しようと必死に周囲に視線を走らせた。
「きゃっ!」
「…セナスタシア!」
 全員がセナスタシアから離れたその隙に、一人の盗賊がセナスタシアを背後から捕えた。ナイフを首筋に当てられたセナスタシアの顔が恐怖に強張り、ベルフォートの表情が愉悦に歪んだ。
「ふっふははっ! そうだいいぞ、そのままこっちに連れてこい……動くなよ、冒険者」
 セナスタシアを人質に取られ、【蒼空の雫】一行は言われるがまま攻撃の手を止めざるをえなかった。盗賊はセナスタシアの首筋に刃を押し当てたまま、ジリジリとベルフォートの方へにじり寄っていく。ベルフォートが勝利を確信し笑みを浮かべたその時、沈黙は思わぬところで破られた。
 セナスタシアを捕えた盗賊の背後に黒い影が突然降り立ったと同時に、盗賊がうめき声を上げてその場にくずおれたのだ。緊張の糸がほどけて脱力したセナスタシアをそっと支えたのは、一行にも見覚えのある男だ。
「セナ、無事か?」
 その場にそぐわない穏やかな顔で、青年はセナスタシアに問いかけた。アニスが「げっ」と声を上げ、他の面々もウィーザで遭遇した彼の闖入に呆然とするばかりだ。
「よ、また会ったな、冒険者」
 おどけた調子で一行にそう挨拶した青年を、マクディ・ベルフォートが怒りに震えながら睨みつけた。
「なぜ貴様がここにいる、ターナ・ハント…!」
「理由はあんたが一番よく知ってるだろ、マクディ・ベルフォート」
 それまでの穏やかだった表情を一変させて、青年ターナは低い声でそう告げた。その瞬間、街道を挟む森からわっと大勢の人間が飛び出してきて、ベルフォートの私兵や紅鷺団の面々に攻撃を仕掛け出した。
「なっなんだ!?」
「紅鷺団は、ラルードの盗賊ギルドにかまわず好き勝手やり過ぎたからな。制裁だ。俺はそれに便乗したってわけ」
 ターナが滔々と語る間にも、次々とベルフォートの味方が倒されていく。緊迫した状況に握ったこぶしをぶるぶる震わせながら、ベルフォートは憎々しげにターナを睨みつけた。
「クソ……許さん、許さんぞ、ターナ・ハント! 冒険者たちもだッ!」
 狂ったようにわめき散らして、ベルフォートはなおも足掻こうと私兵に命令を下した。圧倒的な不利にたじろぎおののきながらも、忠実に剣を構え直した私兵たちに、ターナはライハと目を合わせて苦笑した。
「悪い、また手貸してくれ」
「しゃーないな、依頼のついでだ」
 短く言葉を交わした二人は、それぞれの得物を手に残る私兵と盗賊をのしていった。ラルードの盗賊ギルドの加勢もあって、ベルフォートの私兵と紅鷺団はほどなくして鎮圧された。
 反抗するものがいなくなって静まり返った街道に、ベルフォートが一人、悔しげに歯を食いしばって立ち尽くしていた。それを冷ややかな目で見つめながら、ターナが淡々とベルフォートに告げる。
「ベルフォート商会の違法行為は、全部証拠と一緒にラルードの自警団に報告済みだ。大人しく観念するんだな、ベルフォート」
 ベルフォートは荒ぶる呼吸で肩を上下させながらしばしターナを睨みつけていたが、やがて膝を折って力なく地面にくずおれた。
「……さようなら、お父様」
 地面に手を付き、呆然と虚を見つめるベルフォートを憐れむように、セナスタシアが風に溶けるほどの声で呟いた。

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