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■白鹿亭冒険記譚■ □【蒼空の雫】冒険譚〜よき空の巡りに鐘が鳴る side-I□

「ま、今回はいい教訓になったな」
 翌日、ようやく【白鹿亭】に帰りつき一息ついていた【蒼空の雫】一行に、カウンターの向こうでグラスを拭きながら亭主がそう言った。座るなりテーブルにうつぶせていたアニスが勢いよく顔をあげて亭主を睨んだ。
「とんだ面倒ごとに巻き込まれたのがよかったって?」
「よく調べもせずに怪しい依頼を受けるな、ってことだ。いいじゃないか、報酬も出たことだし」
 亭主の言う通り、一行はラルードの自警団から紅鷺団討伐の件で報酬を貰うことができた。ターナ・ハントが事前に手回しをしていたおかげだ。報酬はターナと山分けにしたが、それでもそこそこの額を貰うことができた。
「それで、セナスタシアさんは結局家に戻ったの?」
 一行のカップにお茶を注いで回っていた娘さんの問いに、ライハもうーんと首をひねった。
「あの後はターナがセナスタシアを引き取って、俺たちは先に帰されたから詳しいことは知らんが…そういやベルフォート商会もどうなったんだろうな」
「セナスタシアの兄貴が事業を引き継ぐってさっそく噂されてるけど…ホントかしらね」
「本当よ」
 カランコロンというカウベルの音と共に、誰かがアニスに答えた。その声に一行が入口を見やると、そこにはつい昨日別れたばかりの二人が立っていた。
「セナスタシア、ターナ!」
「よう、冒険者。昨日はサンキューな」
 相変わらず陽気なターナの挨拶に、アニスがうんざりした顔で追い払うように手を振った。そのやり取りにクスクス笑いながら、セナスタシアはターナと共にカウンターの椅子に座った。
「っていうか、色々どうなったんだ?」
 ライハが尋ねると、セナスタシアはターナと視線を交わしてから話し始めた。
「お父様は、ラルードの自警団に拘留されているわ。商会は、カーバン群島の支部にいた兄が継ぐことになったの」
「アイツ、ずっとマクディ・ベルフォートのやり方に反発してたせいで左遷状態だったからな…証拠集めにも協力してくれて助かった。ま、アイツが会長になりゃ少しは真っ当な商売するだろ」
「それで? セナスタシアはどうするの? 家に戻るなら送っていくわよ」
 エリータの申し出に、セナスタシアはゆっくりと首を振った。
「わたし、家を出ることにしたの」
「えっ!?」
「はじめて街の外に出て分かったわ。色んなものがあるんだなって。怖いこともあるけど、みんなも…ターナも、いるし、ね」
 少し照れながらターナを見上げたセナスタシアに、ターナが穏やかに笑い返した。
「だから、ターナと一緒に旅をするわ。今日はお礼を言いに来たの」
 ちゃり、と首から宝石のついたネックレスを外して、セナスタシアは一行の座る丸テーブルにそのネックレスを置いた。
「これ、約束の報酬ね。本当にありがとう」
「またこの辺に来たら寄らせてもらうぜ。それまでくたばんなよ」
 おどけて言ったターナに、アニスが無言で舌を出し、酒場に温かい笑いが満ちた。
「よかったら一杯どう? せっかくだしおごるわ」
 娘さんの申し出に快くうなづいて、一同はエールが注がれたグラスを受け取った。視線が自然とライハに集まる。
 ライハは鼻をこすって照れ臭い気持ちを紛らわすと、エールのグラスを持ち上げた。
「じゃ、ターナ・ハントとセナスタシア・ベルフォートの…」
「ベル!」
「…セナスタシア・ベルの旅立ちとよき空の巡りに…乾杯!」
 酒場にグラスを合わせる音が鳴り響き、その日の白鹿亭は賑やかに夜を迎えたのだった。


 夜が更けても宴会は続き、飲み疲れたライハは酔いを醒まそうと、風に当たりに外へ出た。あくびをかみ殺してようやく、そこに先客がいることに気が付いた。
「よう」
 柵に寄りかかっていたターナ・ハントが片手に持っていたグラスを上げた。ライハはそれに笑って応じると、彼の隣に背を預けた。
「いい宿だな。料理も酒も美味いし、なにより陽気だ」
 ターナは機嫌よくそうひとりごちてエールをあおった。その様子をしばし眺めていたライハは、ずっと気になっていたことをふとターナに尋ねた。
「なぁ」
「ん?」
「どうしてウィーザで俺たちに声を掛けたんだ? フツー知らない冒険者を信用しないだろ」
 ターナはふっと仄暗い顔で微笑んで、ライハをまっすぐに見返した。
「知ってた、って言ったら?」
「は? んなわけないだろ、俺らはまだまだ無名だぞ」
「パーティはな。でも、お前はどうだ? ウェルズ」
 その言葉に、ライハは思わず顔をこわばらせた。背中を緊張が走る。
 ターナはそんなライハを茶化すようにくくっと笑って、戸惑うライハの肩を軽く叩いた。
「安心しろ、俺が知ってたのはたまたまだ。ラルードのギルド連中は忠実にウェルズ家との取引を守ってるし、俺も誰かにこの情報を売るつもりはない。……けど、お前ならきっとセナを助けてくれると思ったんだ。感謝してる」
 そう真摯な顔でぽつりと呟いたターナは最後の一口を飲み干すと、寄り掛かっていた柵から体を離した。
「冷えてきたから先、入るわ。お前もほどほどにしろよ」
 そう言い残して宿に戻ったターナの背を見送ったライハは、徐々に曇りがかってゆく空を仰いだ。
 なにかを告げるような強い風が彼の傍らを吹き抜け、ざ、と木々の揺れる音が彼の耳にやけに大きく響いた。

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