■白鹿亭冒険記譚■ □【蒼空の雫】冒険譚〜乙女の涙は慈悲深く side-B□
依頼人の少女を家まで送り届けた【蒼空の雫】は、イーストビギンズ西郊外にある建物を探して狭い路地を歩いていた。
夜の帳が下りた路地はしんと静まり返り、彼らの足音以外はなにも聞こえなかった。暗がりを不安げに歩くローゼルの足下を、何匹かのネズミが目を煌々と光らせながら素早く横切って行った。驚いた彼女は一瞬歩みを止めてしまったが、喉元まで出かけた悲鳴はなんとか飲み込んだのだった。
やがて、一行より先を歩いて目印を探していたアニスが一軒の家屋の前で立ち止まった。看板などはなく、ただ壁に打ちつけられた黄色いぼろ布が風になびくだけだ。家屋は木製で古くさく、少し衝撃を加えればあっけなく崩れ落ちてしまいそうだった。
アニスはさっとあたりを見回して他に人気がないことを確認すると、先ほど教えてもらったばかりの独特なリズムで扉をノックした。
「……開いてるよ」
中からしわがれた声がそう言ったので、アニスは立て付けの悪い扉をゆっくりと開けた。
家屋の中は簡素なバーの作りをしていた。五、六人が席に着ける長さの、年期の入った木製のカウンター。その背後には三、四人がけの四角いテーブルが二つ、窮屈な空間にうまく収まっていた。
カウンターの奥では、一見すると酒場に見えるこの建物の主が静かにグラスを磨いていた。そしてその向かい側の席では、ぼろ布のような服をまとった痩せぎすの中年男が一人エールをひっかけていた。
「あんたが、ブライアン・チャック?」
|