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■白鹿亭冒険記譚■ □【蒼空の雫】冒険譚〜乙女の涙は慈悲深く side-C□

 <猫の集会所(キャッツラリー)>を後にした【蒼空の雫】一行は、装備を確認して早速イーストビギンズを出発した。月明かりだけが照らすほの暗い街道を一行は歩き続け、明け方、東の空が白んできた頃に、館のある森にたどり着いた。
 音を立てないように注意しながら森の小径を歩いていくと、古びてはいるが、昔は立派だったであろう二階建ての館が見えた。館を取り巻く草木の隙間から、一行は正面玄関の様子をそっと窺った。
 館の前では二匹の狼が、理性を失った瞳を爛々と光らせ、低く唸りながら前庭をうろついていた。おそらく魔術師の術に侵された獣だろう。不用意に近づけば吠えて襲いかかってくるはずだ。
「クロ」
 少し考えた後、ライハは後方にいたクロを手招きして呼び寄せた。クロはすでに自分がなにをすべきか理解しているようだ。折り畳んであった杖を静かに伸ばして額に当てると、意識を集中させた。
「山奥に住まう眠りの神よ、今、我にその力を示せ。“芥子の夜霧”」
 ふっ、と狼たちを取り巻く空気が霞みがかって揺らいだ。狼たちは声を上げる間もなく、ふらついてその場に伏した。
 狼を眠らせた霧が晴れてから、アニスが先行して館に近づいた。二匹の狼が眠っているのを確認すると、玄関にかけられていた錠を手際よく外して、静かに扉を開ける。少し様子を見てから、アニスは森に潜む一行を手招いた。
 潜入した館の中はランプの明かりでうっすらと照らされていた。これで、少なくとも誰かが住んでいるのは間違いなさそうだ。全員が館に入ったのを確認してから、アニスが開けたときと同じように扉をそっと閉めた。
「結構広そうだな…子どもはどこだ?」
「どっかの部屋に軟禁されてるか、イカれたポーターと一緒にいるかだね」
「虱潰しに探すしかないってことか…」
 軟禁されているならまだしも、魔術師と一緒にいるなら時間がない。ライハが困り果てた様子でガリガリと頭を掻くのを横目で見ながら、ローゼルも思考を巡らせた。
 せめて一階と二階、どちらにいるかだけでも分かればいいのに…。
 その時、ローゼルは一つの術を思い出して、傍らのクロに視線を向けた。
「クロ、あなたの魔術で生命反応を確認出来ませんか?」
 自分には扱えないが、クロには扱える炎の魔術がある。ただし、見渡せる範囲は通常ならそんなに広くはない。館の全体を確認できるほどに範囲を広げるのは相当難しいはずだ。
 クロはみんなの期待に戸惑って視線を泳がせたが、杖をぎゅっと握りしめると顔を上げた。
「……やってみる」
 クロは一つ深呼吸すると、先ほどよりも深く、杖に意識を集中させた。周囲のミスティックがものすごい勢いでクロの魔力に引き寄せられていく。その勢いにローゼルは思わず息を呑んだ。自分がクロの歳ぐらいの時、こんなにもたくさんの魔力をコントロールすることができただろうか? クロがこうした大きな魔術を使う度、ローゼルは彼の行く末に一抹の不安を覚えるのだった。


挿絵(絵師:彩名深琴様)

「命の王よ、今、我に生命の流れを示せ。“火鳥の慧眼”」
 呪文が紡がれると同時に、クロの目が炎を灯したように赤く煌めいた。緊張に口元をきゅっと結んだまま、クロは輝く瞳でぐるりと周囲を見渡した。
「…下」
「下? 地下ってことか?」
 ライハが尋ねると、クロはこくりとうなづいた。
「二つ、見える。近いけど一緒じゃない」
 そう言って、クロは集中を解いた。長い一呼吸の後開けた瞳はいつもの漆黒に戻っている。ライハがクロの頭をなでて労いの声をかけた。
「お疲れさん、大丈夫か?」
 クロは殊勝に首を縦に振った。いつもより多く魔力を行使した疲労が顔に出ているが、杖を握りしめる手は力強いままだ。
「それじゃ、地下に下りれそうな道を探しましょう」
 エリータの一声で探索が始まった。ところが一階、二階どちらを調べても、地下へ通じるような階段が見つからない。一通りすべてのドアを調べた一行は、二階の廊下で顔を見合わせていた。
「どういうことだ…?」
「クロ、確かに反応は下に見えたんですよね」
 クロは不安そうな顔つきだったが、ローゼルの質問にはしっかりうなづいた。その隣では、階段を探す間、奇妙な程黙りこくっていたアニスが鋭い目つきで廊下を見つめていた。
「なんか、違和感がある…」
 ひとりそう呟いて、アニスは顎に手を当ててなにごとか考えながら、スタスタと廊下の突き当たりまで歩いていった。彼女の見つめる先は、他となんら変わらないただの壁だ。彼女の頭上で、ランプの炎がゆらりと揺れた。
「おい、アニス?」
「うるさい気が散る。外観と中身の違和感は、たぶん、この辺……」
 怪訝そうに声をかけたライハを一蹴して、アニスは目の前の壁をじっと見つめた。そのまましばらく壁の周囲を観察したり触ったりしていたが、ふと、頭上で揺れるランプに視線を向けた。背伸びをしながらランプをじっくりと観察していたかと思うと、彼女は不意に、手を伸ばしてランプを横にきゅっとひねった。
 突拍子もない行為に見ていた面々は驚き飛び上がったが、同時にかちゃり、とドアノブが回ったような音がして、壁が回転した。その奥に現れたのは、人一人が通れる幅の下り階段だ。
「隠し扉とはね。やるぅ」
 楽しげに口笛を吹いたエリータに呆れた顔をして、アニスは無言で先を促した。
 狭い階段は、ランプもないのに不思議と薄ら明るかった。一行は心許ない明かりを頼りに階段を下り、気配を探りながら突き当たりのドアを静かに開けた。
 そこは、どうやら書斎のようだった。入口から向かって右手の壁には別の部屋への扉があり、それ以外の壁は全て天井まである本棚に囲まれていた。床にはその棚から落ちたと思われる本が散乱し、書斎机の上は様々な魔術具で散らかっていた。
 そんな、荒れた室内の応接ソファの上に、依頼人から聞いた特徴と合致する子どもが、手を後ろで縛られたまま横になっていた。
「おい、大丈夫か?」
 子どもの姿をいち早く見つけたライハがソファに素早く近寄り、その肩を揺さぶった。返事はないが、口元に手を当てると息はあった。どうやら眠らされているだけのようだ。ライハはほっと息をつきながらしゃがみ込んで子どもの拘束を解くと、その体を抱え上げようと両手を子どもに伸ばした。
 その時である。周囲のミスティックが動き出したのに、ローゼルがはっと気がついた。
「ライハッ!!」
 彼女が呼びかけるのと同時に右側のドアが開き、巨大な火の玉がいくつも、ライハに向けて飛来した。
 しゃがみ込んでいたライハが、とっさに少年に覆い被さる。
 彼の背で、火の玉がはぜた。

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