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■白鹿亭冒険記譚■ □【蒼空の雫】冒険譚〜乙女の涙は慈悲深く side-E□

 【蒼空の雫】一行とウェルズ夫妻は、それぞれ子どもと魔術師を連れて館から出た。館から少し離れたところで、レイアがそろそろいいかしら、とひとりごちて館を振り返った。皆が注目する中、彼女はすっと目を閉じて、長くゆっくりと息を吐いた。ミスティックが急速に彼女の周りに集まり、ものすごい練度で練られていく。彼女の計り知れない力の大きさを感じて、ローゼルの身がすくんだ。
 レイアがかっと目を開いたのと同時に、今まで彼らのいた館が大きな音を立てて爆発した。館はものすごい勢いでもうもうと燃え、ガラガラと崩れ落ちていった。
 一行はその光景を熱風に煽られながらただ静かに見つめていた。捕らわれた魔術師の老人が呆然と燃える館を見つめながら、わなわなとその老いさらばえた身を震わせた。
「あぁ…私の…私の研究資料が……」
「あなた程度の力で<連盟>に逆らうとどうなるか、ってことがよく分かったかしら? これ以上私たちの手を煩わせないで頂戴」
 容赦なく放たれたレイアの言葉は、僅かに残っていた魔術師の反抗心を完膚無きまでに打ち砕いた。老人はがくりとその場で脱力し、うなだれて地に膝をついた。

 森を出て街道にたどり着くと、ウェルズ夫妻は街に戻る一行とは別の方角を指し示した。
「それじゃ、私たちはこいつを<連盟>に届けてから帰るから。また、ラルードで会いましょう」
 レイアがそう告げ、他のメンバーがそれぞれ夫妻と別れの言葉を交わしている間、ローゼルは一人緊張した面持ちでレイアをじっと見つめていた。その視線に気づき、こちらを向いた彼女と目が合う。ローゼルは風に溶けるほどの声で、彼女の名を呟いた。
「レイア・ルー・フィアーナ……<冷酷の女王(クルークイーン)>」
「ふふっ。また会いましょう、“フェルクラウトのお嬢さん”」
 魔女の力を恐れるローゼルをからかうように、レイアは意地悪く笑ってそう返した。どきりと心臓が高鳴って、強ばったローゼルの横顔を汗がつうっと滑り落ちた。
 こうして、ウェルズ夫妻は彼らと別の方向へ歩いていった。その後ろ姿を見送ってから、彼らも未だ眠り続ける子どもを連れて、イーストビギンズへと歩きだした。

 一行がイーストビギンズへ着いた頃には、もう太陽は真上まで昇っていた。依頼人が待つ家の扉をノックすると、当の本人である少女が待ち焦がれていた様子ですぐに扉を開けた。彼女は彼らと背負われた子どもの姿を見て、ほっとした顔で一行を家の中へ迎え入れた。
「ありがとうございます、あの、弟は…」
「あんたの思った通り魔術師に捕まってたけど、無事だ。眠っちゃいるがじきに……」
「待ってくださいライハ、様子がおかしいです」
 子どもをベッドに寝かせていたファルが、依頼人に説明するライハを深刻な声で遮った。振り返ると、先程までとは打って変わったような青白い顔で、子供が苦しそうに荒く息をしていた。くつろいだ雰囲気だった一同はぎょっとしてベッドに近寄った。すっかり血の気が引いた額には玉のような汗が浮かび、かすれる呼吸が辛そうだ。手早く子どもの容態を見ていたファルが、難しい顔で呟いた。


挿絵(絵師:彩名深琴様)

「これは……まずいですね」
「どういうことだ?」
「この子、どうやら…呪(しゅ)をかけられているようです」
 ファルの診断に、ローゼルも思わず表情を強ばらせた。事態を把握できず怪訝な顔のライハたちに、ローゼルは淡々と呪について説明を始めた。
「魔術師の中には、自分の所有物――今回の場合は人間ですが――に呪、つまりミスティック的要素以外のまじないをかけるものがいます。生物にかける場合でたとえるなら、依存性を持つ植物を接種したことによる中断症状などです。自分の元から逃げ出せば、じきに相手が苦しみだし、やがて死ぬような……」
 ようやく状況を理解した皆の空気が張りつめた。ライハがごくりと唾を飲み、ベッド際にしゃがむファルを見る。
「ファル、聖術で何とかならないのか?」
「すみません、私の力では……彼の症状から察するに、大陸東部にのみ生息する<グルーナクの縄>を与えられた可能性が高いです。確証はありませんが…」
「<グルーナクの縄>…一度毒素が体に入り込んだが最後、常用をやめれば次第に呼吸が弱まり、死に至る…」
 どこかで見たその性質を無意識のうちにそらんじて、ローゼルは口元を固く引き結んだ。助け出した子どもの身に降りかかった残酷な真実に、誰もがショックを隠せずにいた。
 奇妙な沈黙の中、ライハが目を伏せたままのファルとローゼルにかすれた声で尋ねた。
「助ける方法は…ないのか?」
 尋ねられたローゼルとファルは無言で視線を交わした。二人共、思い当たるのはただ一つ。
「<グルーナクの縄>と同じく大陸東部でのみ採取される<ニンニの涙>という植物の実で、体内の毒素が除去できるはずです。しかし、この辺での入手は……」
 それ以上言葉を紡ぐのをためらって、ファルが再び視線を落とした。西部諸都市の中では一番東に位置するとはいえ、このイーストビギンズから東部へ植物を採取しにいくのは無謀だった。もし無事に採取できたとしても、彼らが帰還する前に、この幼き子どもは息絶えてしまうだろう。
 依頼人の少女はこらえきれずに、口を手で覆ってその場に泣き崩れてしまった。歯がゆい思いで、一行はただ彼女を見つめることしか出来なかった。
 <ニンニの涙>。悲嘆に暮れる少女の姿を見ながら、ローゼルは思う。彼女の流す涙で、幼い弟の毒が癒えればいいのに。現世に伝えられている<ニンニの涙>の伝説のように――。
「――あっ!?」
 突然声を上げたローゼルに、その場にいた一同は驚いて彼女の方を見た。
「<ニンニの涙>……あるかもしれませんよ!」

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