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■白鹿亭冒険記譚■ □【蒼空の雫】冒険譚〜朝焼けの祝福 side-J□

 その後、都市警が現場に到着し、<ジャガー>は応急処置を施されてから連行されていった。去り際、<ジャガー>はねっとりとした目で<蒼空の雫>を睨みつけながら、口の端をゆがめて笑った。
「覚えてろよぉ、<鷹(ホーク)>と薄汚ぇ<鳥>ども……オレはぜってぇテメーらを許さねぇ……奈落の底まで追いかけて、追いかけて追いかけて追いかけて、オレが受けた屈辱の分だけじっくり痛めつけて殺してやる……待ってろよ。ぜってぇ、殺してやるからなぁ……!」
 怨念のこもった言葉と、連れて行かれながらも止まない哄笑に寒気がした。都市警の話では、今までの罪科を調べ、都市裁判と、犯した罪によっては教会裁判にもかけられるとのことだった。おそらくもう二度と、牢から出てこられないだろうということも。それが分かっていても、<ジャガー>の異常なまでの執着心はやはり恐ろしかった。
 適切な治療と簡単な取り調べを受けていたらすっかり明け方になっていた。白む空に昇る朝日が目に沁みる。
 教会を出たアニスは振り返って、今まで共にいてくれた<サーバル>に尋ねた。
「<サーバル>は……これからどうすんの?」
 今更ながら、組織の頭領を倒し、都市警に引き渡してしまったことに不安を覚えていた。頭領をなくした後、その組織にいざるをえなかった人々はどうするのだろうか。
 怒られるかもしれない、と思っていたが、<サーバル>はアニスを目を細めながら見つめ、淡々と答えた。
「俺は、<猫>としてしか生きられん。<ジャガーの牙>は解散し、各々新しい生き方を見つけるだろう……今の、お前のように」
 <サーバル>の凍るような視線が幾分か和らぎ、温かな光がにじんだ。愛おしそうにアニスを見つめ、くしゃりとその夕日色の頭をなでる。
「大きくなったな、アニス。お前はそのまま、自由でいろ。その方が<鷹>も……お前の父も喜ぶ」
「……ありがとう、<サーバル>」
 なぜだかくすぐったくて、うまく笑えなかった。はにかんだアニスの頭から手を下ろし、<サーバル>は<蒼空の雫>の面々に視線を移した。
「アニスのことをよろしく頼む、<鳥>よ」
「あぁ。お前も達者でな」
 ライハがそう声をかけると、朝の光の中に<サーバル>の姿が揺らいで消えた。彼はこの後、どう生きていくのだろう。<猫>として生きていくのなら、どこかでまた会うこともあるだろうか。
「さぁーて、帰りましょッ!」
 そんなことを考えていたら、エリータがアニスに飛びついてきた。エリータは上機嫌で、アニスの肩に腕を回してくる。
「帰ったら早速宴会よ、アニスのお帰りパーティしなくっちゃね!」
「そうですね。まったく……急に抜けるなんて冗談、これっきりにしてくださいよ」
 いつもは宴会に渋い顔をするローゼルでさえ、珍しく乗り気だ。アニスのそばにいたクロがふと彼女を見上げたかと思うと、ライハのそばに歩み寄って、くいくいと彼のジャケットを引っ張った。アニスを指さしたクロに、ライハが「あぁ、」と納得した声をあげた。
「そういや、まだ言ってなかったよな?」
「あっ、そういえば言ってませんでしたね」
「あっちゃー、そうだった! わたしとしたことが!」
「エリータはエールに心奪われすぎです」
 もちゃもちゃと彼らの間で言葉が交わされ、一斉にアニスに向き直ってきた。なにがくるのかと、思わず身構えてしまう。
「おかえりなさい、アニス」
「おかえり」
「おかえりなさい!」
「アニスおかえり! 今日は飲むわよ!」
「……おか、えり」
 口々に発せられた「おかえり」に、アニスは拍子抜けしてぽかん、と口を開けてしまった。お腹の底から笑いがこみ上げてきて、だんだん大笑いになっていく。
「アニス?」
「あー、おっかし。やっぱり、あんたたちといると退屈しないわ」
 目に浮かんだ涙を指で拭って、アニスはそっと朝日を振り返った。白かった空は、一瞬の魔法のように、赤く、赤く染まっていた。夕焼けは切なさを覚えるが、今見ている朝焼けは、とても優しく見えた。これは、本当に勝手な解釈だ――そう思いながらも、思わずにはいられなかった。
 これからのアニスの自由を、この優しい朝焼けと同じ髪色だった父が祝福してくれているのだと。
「少しだけ、信じてみるよ……父さん」
 朝焼けに呟き、アニスは賑やかに大通りを歩いていく仲間たちの後を追った。この先にどんな冒険が待っているのか、密かに心を躍らせながら。


朝焼けの祝福 FIN


挿絵(絵師:彩名深琴様)
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