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■白鹿亭冒険記譚■ □【蒼空の雫】冒険譚〜朝焼けの祝福 side-E□

 月明かりのない夜空の下、ぽつりぽつりと灯る街灯を頼りに、<蒼空の雫>は教会への道を急いでいた。脇目もふらず走り続けていた彼らの足を止めたのは、街灯の明かりが届かない闇からわずかに漏れ出た鋭い殺気だった。
「伏せろッ!!」
 いち早く気配を察したライハとエリータが、近くにいた仲間をかばって地面に伏せた。間一髪でナイフは宙を斬り裂き、路地の塀に軽い音を立てて突き刺さった。
「今のをよけるとは……さすが、アニスが共にいただけのことはある」
 言葉と共に、細身の男が街灯の光のそばに姿を現した。身にまとった黒装束は闇に溶け、彼の存在を曖昧にしていた。うなじで束ねられた茶色の長髪がそっと風に揺れる。月のように静かな光をたたえた鋭い目は、警戒して地に伏せたままの一行を淡々と見下ろしていた。


挿絵(絵師:彩名深琴様)

 再び男がナイフを手に取ったのを見て、ライハが背後にローゼルをかばいながら起き上がった。
「待てよ。姿を見せたんだ、なにか目的があるんだろ?」
 ライハの言葉に男はしばし戸惑ったように黙り込んだが、ナイフの切っ先はそらさないまま短く告げた。
「アニスから手を引け」
「あ?」
 予想していなかった返答に、ライハだけでなく他の面々も困惑した表情で男を見た。一行を静かに見下ろすその顔には、冗談のそぶりは微塵もない。
「お前たちにアニスは守れん。あの男に逆らうな。引けば、命は見逃してやる」
「……あんた、<ジャガーの牙>だろ。なにがしたいんだ?」
 意図が読めず戸惑いながら問いかけたライハに、男は逡巡するように一瞬目を伏せたが、再びその瞳に強い意志を灯してライハを見据えた。
「<牙>にいれば、アニスの命は守られる。私はアニスを守ると誓った。お前たちが引かぬのなら、長の命令どおりお前たちを始末する」
「……お言葉ですが」
 にらみ合っているふたりの間に、強い口調で言葉を挟んだのはファルだ。その顔には普段の柔和な雰囲気など微塵もなく、こちらを見た男の視線を真っ向から受け止めた。
「組織のことを、アニスはあまりよく思っていないように見えました。そこにいることがアニスにとっていいとは思えませんが」
「命は守られる。殺されるよりはマシだろう」
「命だけ守られても、心が死んでは同じことです」
 初めてアニスに会ったときのような。あんな悲しい顔はもうさせたくない。
 そう強く想うファルの背後で、ローゼルがサファイアロッドを構えた。彼女は表情を険しくした男にひるむことなく、冷静に言葉を紡いだ。
「私たち<鳥>は自由です。私たちの仲間である以上、アニスも自由でなくてはなりません」
「あんた、命は守る、と言ったな。だが、俺たちはアニスの命も、自由――心も守る」
 そう言い切ったライハに賛同するように、クロが折りたたんでいた杖を伸ばして、キラリと光る黒曜石の瞳で男を見上げた。大剣の刃を包んでいた布をはぎ取ったエリータも、大剣を肩に預けながら不敵に笑った。
「飲み仲間がいないと寂しいしね。あなたがまだわたしたちの邪魔をするなら、悪いけど、ぶっとばしてでも行かせてもらうわよ」
「……相手は<ジャガーの牙>だぞ」
「誰であろうと関係ありません」
 向けられる威圧感と殺気にひるむことなく、ファルは間髪入れず言い返した。仲間も臆することなく男と対峙する。


挿絵(絵師:彩名深琴様)

 男はそんな一行を睨むように見つめていたが、急に殺気を収めたかと思うと、呆れたように視線をそらした。ずっと一行に向けられていたナイフがようやく地に向けて下ろされる。
「そこまで言うならやってみろ。ただし、<ジャガー>を殺せなければアニスの命も、お前たちの命もないと思え」
「ついでにあんたの命も、だな」
「そうだ。せいぜいしくじるなよ」
 言い捨てて再び闇に消えようとした男を、ファルが慌てて呼び止めた。
「あの、信用してくれてありがとうございます。名を、教えていただけませんか」
 一瞬のためらいののち、男は半身だけ振り返ってファルに応えた。
「……名はない。遠い昔に失くした。今は<サーバル>と呼ばれている」
「<サーバル>、ありがとうございます。あなたにも風を呼ぶ友の導きがありますよう」
 <鳥>の祈り文句に、<サーバル>は肩をすくめて闇に紛れるように姿を消した。

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