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■白鹿亭冒険記譚■ □【蒼空の雫】冒険譚〜朝焼けの祝福 side-F□

 今度こそ、しくじらない。<鷹>は決意を胸に秘め、<東の賢者>の居室にもぐり込んだ。<賢者>は娘を部屋へ帰したあと、再び読みかけの本に没頭していた。その背中に忍び寄り、抜き身の<鷹狩(ホーキング)>を握りしめ、彼女は<賢者>の首に狙いを定めた。
 その時、見覚えのある光の蝶が<賢者>の肩に舞い降りた。それに気づいた<賢者>が勢いよく<鷹>を振り返る。昔の自分なら、絶対にためらわなかった一瞬。しかし、<鷹>の体は電気が走り抜けたかのように固まってしまった。
「ダメです、アニス!」
 心の奥底で密かに焦がれていた声が、彼女の名を呼んだ。
「……ファル」
 勢いよく扉を開けて飛び込んできたファルと仲間たちを、<鷹>――アニスはひと呼吸置いてから振り返った。役目を果たした光の蝶が、賢者の肩からローゼルの元に舞い戻る。蝶は二、三度羽ばたいたかと思うと、光の粒子になってサラサラと消えた。
「ローゼル、あんたが邪魔したんだね」
「<東の賢者>に忠告しただけです。間に合ってよかった」
 いつもと変わらない平坦なローゼルの態度に、今は心底腹が立った。


挿絵(絵師:彩名深琴様)

「なにしてんの……なんで」
 <鷹狩>を握りしめた拳が震える。歯を食いしばり、彼らを睨みつけたその表情は、ともすれば泣くのをこらえているように見えたかもしれない。
「アニス」
「いい加減にしろよ! パーティは抜けたし、<証>だって返したじゃん! なんのためにこんな――」
 湧き上がる怒りにまかせて感情をぶちまけようとしたが、ぞわりと背筋を這い上がった悪寒に、ハッとして言葉を止めた。
「よけてッ!!」
 思わず忠告が口をついて出る。ライハとエリータが仲間をかばい、自身はとっさに<東の賢者>を床に引きずり倒した。アニスの頭上を数本のナイフが通りすぎ、重たい音を立てて背後の壁に突き刺さった。
「なにしてんだぁ、<鷹(ホーク)>。仕事サボってターゲットとお戯れかぁ?」
 その男は、あたかも最初からその場にいたかのように、自然なそぶりで窓の桟に腰かけていた。暗い、底なしの闇のような瞳が、まっすぐアニスを見つめている。彼の浮かべる嗜虐的な笑みと放たれる威圧感に、アニスの身体が意志と関係なく強ばって動かなくなった。
「……あんたが親玉か? <ジャガーの牙>の頭領さんよ」
 入り口のそばでことのなりゆきを静観していたライハが、ふたりの不自然な沈黙を破った。男はライハを一瞥してにやりと口の端をつり上げたが、それが答えだったらしい。ライハに興味を失くした<ジャガー>は、再びアニスに視線を戻した。
「<鷹>、まだ仲間なんてもん信じてんのかぁ? こいつらだって、テメーの本性知ったらあっさり手のひら返して、仲間に入れてくれねーぜ。テメーは裏切られてボロ雑巾のように捨てられるだけだ」
 アニスは悔しさに唇をかみしめた。そんなこと、言われなくたってわかっていた。だからひとりでなんとかしようとしたのだ。彼らに、自分の汚いところを見られたくなかったから。
 結局巻き込んでしまったと悔やむアニスを、<ジャガー>は鼻で小さく笑った。そして入り口側で様子をうかがっていた<蒼空の雫>に向かって、大手を広げて語り出した。
「テメーらが知らねぇってんなら、オレ様が特別に教えてやるぜ。こいつはなぁ、父親に捨てられたと思ってずっと、オレんとこで暗殺術を学んできたのさ。いつか、自分を売った父親を殺すためになぁ」
 <ジャガー>の言葉は、少なからず彼らにとっては衝撃だったろう。<蒼空の雫>の面々が自分の方を向いたのがわかった。彼らがどんな顔で自分を見ているのか確かめる勇気もなく、アニスはなにも視界に入らないように、黙って下を向き続けた。
「そのためにはなんだってしたよなぁ。たくさん人を殺った。男だけじゃねぇ、女も、子どもも関係なく。無抵抗なヤツだって、命乞いされたって、仕事とありゃあ殺した。父親が唯一テメーに遺した<鷹狩>で、復讐するために技術を磨いて。オレの言うことならなんだって聞いたよなぁ。そうそう、<夜鷹>としても、テメーは最高だったぜぇ」
「……やめて」
 じゅるりと舌なめずりした<ジャガー>の仕草に恐怖と嫌悪感を覚えながらも、かすれた声をなんとか絞り出した。<ジャガー>にも、その場の誰にも届かない小さな抵抗。今までふたをしていた様々なできごとが――殺した人たちの顔が、悲鳴が、<ジャガー>とのつらい夜が――じわりじわりとアニスの中に染み込んでは心を蝕んでいく。
「ま、そんな風に昼も夜も、ケナゲにオレ様に仕えてたわけよ……自分が殺すと誓った親父が、オレ様の手でとっくに殺されてたなんてまったく知らねぇでなぁ!」
「やめてええええッ!」
 <ジャガー>の哄笑が室内に響き渡り、せきを切ってあふれ出した感情の渦の中でアニスは叫んだ。過去の罪もなにもかも、すべて拒絶したかった。<ジャガー>のくだらない話も、周りの声も、なにも聞きたくなくてただひたすらに耳をふさいだ。


挿絵(絵師:彩名深琴様)

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