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■白鹿亭冒険記譚■ □【蒼空の雫】冒険譚〜朝焼けの祝福 side-H□

「さぁて」
 手にしていた大剣を肩に預けながら、エリータが一際明るい声を出した。ファルとアニスのやりとりを退屈そうに静観していた<ジャガー>に向けて、不敵に笑いかける。
「わたしたちのアニスを傷つけた罪は重いわよ? あなたにはちゃんと償ってもらわなくっちゃね」
 各々の得物に手をかけながら、<蒼空の雫>たちが<ジャガー>に鋭い視線を向けた。<ジャガー>は小馬鹿にするように片方の眉を上げたが、彼らが本気なのを見て取ると、はじけたようにゲラゲラ笑いだした。
「テメェら、コイツがどんなヤツか知って、まだ仲間だって言うのか? イカれてるぜ!」
「イカれてんのはあんたの方だろ」
 辛辣なライハの返しに笑って、<ジャガー>は片手で顔を覆いながらゆらり、と窓から降りた。指の間からのぞく瞳には先ほどよりはるかに強い狂気が、静かに、爛々と燃えていた。
「<鷹>はなぁ、オレのもんだ。オレの<鷹>だ。賢者のオッサン殺すついでに、オレの<鷹>が二度と変な気起こさねぇよう……」
 今まで張りついていた<ジャガー>の笑みが、まばたき一つで抜け落ちた。
「テメェらもまとめてぶっ殺してやる」
 火が爆ぜたように、おびただしい殺気が<ジャガー>から噴き出した。思わず身構えた一瞬の間に<ジャガー>の姿は消え、ライハの頬に一筋の傷が走る。ぽたり、と頬を伝って雫が落ちた。
「次は首をいただくぜぇ」
 ナイフについた血を舐めとった<ジャガー>の口が三日月型に歪んだ。意思とは関係なく震える体を自分で抱きしめながら、アニスは必死に叫んだ。
「<ジャガー>だけは相手にしちゃダメだ! 逃げて!」
「逃がすかよ」
 入り口に向けて投擲されたナイフをよけて、その場にいた四人が左右に分かれた。ローゼルをかばいながら飛び退いたライハが、にやりと口角をつり上げた。
「安心しろ、アニス」
 自信に満ちた声がアニスを呼ぶ。ライハはぐい、と親指で乱暴に頬の血をぬぐうと、カタナを鞘から引き抜いて青眼に構えた。
「<姿を見せた猫は負け>、だ」
 その言葉に、<ジャガー>はライハの方を勢いよく向いた。底なしの闇を彷彿とさせる黒い瞳が、彼の姿を捉えて大きく見開かれる。
「テメー、そうか。あのアマの……カハハハッ、まさかこんなところで復讐のチャンスが巡ってくるとはなぁ!」
 <ジャガー>の笑い声が部屋中に響く。あふれ出た狂気と憎しみに皆が緊張を覚えた中、彼の視線を真っ向から受け止めたライハだけは、静かな銀の瞳で<ジャガー>を見つめていた。
 底なしの闇に、復讐の炎が灯る。<ジャガー>はどこからともなく抜き出したナイフをライハに向けて構えた。
「テメーの首はぜってーいただくぜ、銀髪」
「誰がやるか、よッ!」
 宣言通り首めがけて飛んできたナイフを、ライハは横に飛んでかわした。エリータが入れ替わるように<ジャガー>の懐に飛び込み、大剣の柄をその腹めがけて突き出す。<ジャガー>はバックステップでそれを軽々かわすと、ナイフを扇状に投擲してきた。
「神よ、聖霊スタインスの名の元に御子へ守りの祝福を!」
 ファルが素早く神呪を唱え、展開した不可視の障壁でナイフを弾き返す。舌打ちした<ジャガー>を追って、体制を立て直したエリータが大剣を思い切り横になぎ払ったが、<ジャガー>は真上に飛んでやりすごした。着地する暇を与えず、ローゼルの魔術が追い討ちをかける。
「空を舞う炎の蝶よ、今、我にその力を示せ。“火蝶円舞”!」
 サファイアロッドから楕円状の火の玉が繰り出され、空中の<ジャガー>を襲った。しかし<ジャガー>は、空中でのけぞるようにして全ての火の玉をよけてしまう。反り返った勢いのまま床に手を突いてバク転し、<ジャガー>は一行に向けて余裕綽々と笑みを浮かべた。あの<氷の魔剣>と<冷酷の女王>が取り逃がしたのも頷けるほど、彼は強かった。
 <ジャガー>の素早さと手数の多さに振り回され、徐々に防戦に回っていくライハたちの形勢はだんだん悪くなっていった。ファルが聖術を連発していてもサポートしきれず、彼らの身体に<ジャガー>のナイフがかすりはじめた。
「チッ……!」
 舌打ちをして、ライハは斬りつけられた右手から左手にカタナを持ち変えた。この部屋が客向けに広く作られていると言っても、所詮は屋内。エリータ自慢の大剣では小回りが利かず、彼女は大剣を捨て置いて腰に差していた鉄扇をジャッと広げた。しかし慣れぬ接近戦、ましてやその道のプロ相手に、ほとんど付け焼き刃の攻撃が通ることはなかった。魔術師の二人も屋内という制約の中で威力のある大技は繰り出せず、フェイントなどのサポートに回るしかなかった。
 彼らが傷つき消耗していくのを、アニスは歯噛みしながら見ていることしかできなかった。助けたい、加勢したい意志とは裏腹に、目が合った<ジャガー>の陰惨な笑みに足がすくみ、過去の呪縛から逃れられずにいる。
 また、守れない。やっと出会えた仲間だというのに。
 アニスは諦めかけて、傷つく仲間たちから顔を背けようとした。
「アニス!」
 矢継ぎ早に聖術を唱えていたファルが、そんなアニスを振り返って叫んだ。
「信じてください! 絶対……絶対大丈夫ですからッ!!」
 そう言い切ったファルの眼差しに、アニスは大きく目を瞠った。
 彼は、まったく諦めていない。強い意志が宿る砂色の瞳は、夜空に光る星屑のように輝いていた。
 他の仲間を見回せば、多少の傷を負っているものの、ファルと同じように目は死んでいない。皆が、この現状をどう乗り越えるか、必死で考え、戦っている。
 アニスはぐ、と唇を噛みしめた。
 <ジャガー>が怖い。それがなんだ。自分が本当に守りたいものは、ここにこうして生きている。
 まだ、震えは残っている。でも。アニスはキッと表情を引き締めて、戦い続ける仲間たちを見つめた。


挿絵(絵師:彩名深琴様)

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