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■白鹿亭冒険記譚■ □【蒼空の雫】冒険譚〜朝焼けの祝福 side-I□

 ライハの振りおろしたカタナを避けて、<ジャガー>の姿が消えた。ライハがその姿を見失って一瞬逡巡してしまう。
「右に飛んで!」
 アニスが叫ぶと、ライハは躊躇なくその場から飛び退いた。ジャガーのナイフが間一髪で宙を斬る。
「なにぃ……ッ!?」
 <ジャガー>が驚愕の表情でアニスを見た。アニスは力強い光を宿した瞳で、その顔をぐっと見返す。
「よそ見は禁物だぜッ!」
 動きを止めた<ジャガー>を、ライハがカタナでなぎ払った。<ジャガー>は間一髪で飛びすさったが、カタナはジャガーの右腕を深く斬りつけた。
 そのまま血の雫を垂らしながら後ろへ退いて、怒りに身を震わせながら、<ジャガー>がありったけの憎悪を込めてアニスを睨みつけた。
「テメェェェェ……裏切るのかッ!! <鷹>ゥゥゥッ!!!」
 今にも飛びかからんばかりに激昂し、怒りに荒ぶる息で肩をいからせながら、<ジャガー>は狂気にも似た執着でアニスを睨み続けていた。
 アニスはその姿を冷めた目で見つめながら、淡々と言葉を紡いだ。
「裏切るもなにも、最初からあたしはあんたに信頼されてたことなんてない。ただの道具だったんだから。
 道具の<鷹>は、もういない。あたしは<蒼空の雫>のアニス・エアードだ」
 付き合いが長く、組み手も散々してきた<ジャガー>にとって、身内ほどやりにくいものはないだろう。最初の頃に見せていた取り繕うような笑みに戻って、ひらひらとあげた手のひらを降って降参の意を示した。
 このまま退散してくれるか、と誰もが期待した。
 しかし、そこに思わぬ闖入者が登場したのである。
「パパ?」
 幼い娘の声がドア越しに聞こえた瞬間、誰もが戦慄を覚えた。
「入ってきてはいけません!」
 遅すぎた忠告の甲斐なく、開いたドアから娘が顔を覗かせた。父の部屋で知らない人間たちが武器を構え、怪我をしている。娘はパニックに陥り、恐怖に身をすくませながらヒッと息を飲み込んだ。
 そんな格好のチャンスを、狡猾な<ジャガー>が逃すわけがなかった。
 <ジャガー>は娘に素早く詰め寄ると、その細い首を拘束して唯一手元に残ったナイフを突きつけた。娘は突然の出来事に顔面を蒼白にし、ぽろぽろと涙をこぼして震えるばかりだ。<ジャガー>が引きつったような声で笑った。
「てめぇら、動くんじゃねぇぞ……ガキの命が惜しけりゃなぁ……!」
 <ジャガー>の命令に逆らうものは誰もいなかった。皆が緊迫した面もちで、入り口に向かって後ずさっていく<ジャガー>を黙って見ていることしか出来ない。
 その時、開いた窓の外からナイフが飛んできて<ジャガー>の足に突き刺さった。痛みにひるんだ隙を逃さず、ローゼルが魔術を唱える。
「空を焦がす隼よ、今、我の前にその姿を示せ! “熱隼の飛行”!」
 焦げた大気に<ジャガー>の拘束がゆるむ。アニスはその隙に娘を<ジャガー>の腕からかっさらい、自身を盾にして抱え込んだ。
「クソッタレ!」
 <ジャガー>が怒りにまかせて手にしたナイフを振りおろしたが、間に割り込んだファルが腕を犠牲にして二人をかばう。
「ファル!」
 再び飛んできたナイフに<ジャガー>のナイフがはじかれた。素早く詰め寄ったライハが、カタナで<ジャガー>のわき腹を薙ぎ払う。
 とうとう、<ジャガー>は床に膝をついた。そのまま仰向けに倒れ込み、荒く息を吐きながら悪態をついている。
 そんな<ジャガー>を昏い瞳で見つめながら、アニスは床に落ちていた<鷹狩>を拾うと、衝動のまま<ジャガー>の心臓に突き刺そうとした。
 その腕を、ファルがやんわりとつかんで止める。
「ファルッ!」
「あなたがこれ以上罪を重ねることはありません。あとは、都市警に任せましょう」
 アニスはなおもファルに食い下がろうとしたが、彼の白いローブを染める血と、柔らかいが有無を言わせない真剣な表情に、昔年の思いを飲み込んで<鷹狩>を背中の鞘に収めた。
 ライハがやれやれ、とぼやきながら、誰もいない窓際に目をやった。
「すまん、助かった」
「……危なっかしくて見ていられなかっただけだ」
 誰もいなかった空間がゆらり、と揺らいで、黒装束の男が姿を現した。アニスが驚きのままに男の名を呼ぶ。
「<サーバル>……」
 彼はそっけなく、ふいと顔を逸らした。アニスがなおも<サーバル>を見つめていると、ファルが思い出したようにローブのポケットに手を突っ込んだ。
「そういえば、これ、お返ししておきますね。もう手放さないでくださいよ」
 渡されたそれは、<鳥の証>だった。自分の大切な、自由の証明。アニスは手のひらに落ちたコインを、大切にぎゅっと握りしめた。


挿絵(絵師:彩名深琴様)

 それから覚悟を決めて、娘を抱きしめていた<東の賢者>に向き直り、頭を下げた。
「ごめんなさい。あたし、あんたを本気で殺そうとした。あたしに出来る償いならなんだってする」
 どんな罵詈雑言が来ても仕方ないと思っていた。仲間がなにか言い募ろうと口を開いたが、頭を下げたまま腕を伸ばして止める。
 <東の賢者>はアニスを厳しい表情で見つめて、口を開いた。
「確かに、あなたは私を殺そうとしました……いかなる理由があれど、それは許されざることでしょう」
 当然だ、とアニスは思った。しかしここで賢者は表情を和らげ、アニスにほほえみかけた。
「ですが、あなたは身を挺して娘を守ってくださいました。それ以上の償いはありません……娘を助けてくださって、ありがとうございました」
 逆に頭を下げられて、アニスは驚いた。じわりと目頭が熱くなったのをごまかして、うつむけた首を勢いよく横に振った。

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