■白鹿亭冒険記譚■ □白鹿亭小話〜聖クライス祭の夜に side-B□
聖クライス祭の前日。クロが娘さんに連れられてアングレー雑貨店に出かけている隙に、ライハは他のメンバーといつもの丸テーブルを囲んでいた。
「……で、たまにはクロになんかやってもいいんじゃないかなって思うんだ」
話し合いの内容は、クロに聖クライス祭のプレゼントをあげないか、ということだった。
その話に真っ先に賛成したのは、他でもない、敬虔なクライス教徒であるファルだ。
「素敵な話だと思います。クロはまだ小さいのに頑張っていますからね」
にこにこしながらファルはそう言った。他のメンバーも快く賛成する。
「にしても、あのレイアさんがサンタ・クラースねぇ……」
肘をついてそうぼやいたエリータに便乗して、アニスはついと目線をライハに向けた。
「アンタもクロみたいに、サンタ・クラースの話とかしてもらったの?」
聞かれたライハは昔のことを思い返そうとしたが、思い返すまでもなかった。
「……まったくなかったな」
そもそもライハがクロぐらいの時は、両親に連れられて世界各地を旅をしていた。さらにレイアが宗教に興味、関心がないことからも、そういったイベントには、ライハはほとんど縁がなかった。
そんな事をライハが思っていると、アニスは憐れむような視線でライハを見た。
「アンタ……可愛がられてないのね」
「………」
ライハは憮然とした面持ちでアニスを睨み返したのだった。
その頃、ラルードの東に位置する何でも屋にて。
「あなた、ちょっとちょっと」
店の奥の住居スペースから自分を呼ぶ妻の声がして、ヤンダ・ウェルズはカウンターを離れてドアを開けた。
「どうした?」
リビングでは、レイア・ウェルズが嬉々とした表情で、赤い衣服を手に持っていた。
「あなたあなた、これ、着てみて」
そう言ってずい、とその赤い衣服を差し出す。ヤンダは訳が分からないながらも、とりあえず言われたとおり、渡された衣服に袖を通し始めた。
黒い革のベルトを止め、赤い帽子をかぶる。その姿を見たレイアは手を組んで顔を輝かせた。
「キャー、似合う!」
ヤンダは壁に掛けられた鏡を見た。それはサンタ・クラースの衣装だった。
「ふふふ、サンタ・クラースのあなたも素敵よ」
レイアはヤンダの首に腕を回して頬に軽く口づけをした。ヤンダはその言葉を流して、レイアに尋ねる。
「で、この衣装はどうしたんだ?」
ヤンダからそっと離れて、レイアはいたずらめいた笑みを浮かべた。
「もちろん決まってるじゃない。サンタ・クラースになるのよ、あなた」
その不吉な笑みに、ヤンダは嫌な予感をひしひしと感じた。
話し合いがまとまったところで、ライハ達はラルードの街へ買い出しに来ていた。
「さて、クロにやるプレゼントと言っても……何がいいんだろうな」
がしがしと頭をかきながら、ライハは困った様子で考えをめぐらした。いざ改まって何かをプレゼントするとなると、なかなか思いつかないものだ。
「本なんかはどうですか?」
傍らを歩くローゼルが提案した。
「クロが読んでる本は難しすぎて、俺には何を買ったらいいのかわからん……」
半眼でライハがぼやいた。エリータがうんうんとうなづく。
「じゃあ、お菓子とかは?」
今度はアニスが提案した。が、これもあまり妙案とは思えない。
「武器は? 武器。 新しい杖とか魔術書とか」
これはエリータだ。が、当然無言で却下される。
「うーん、参ったなぁ……」
ライハは腕を組んでそう呟いた。ふと風が吹き抜け、ファルがぶるりと身震いをした。
「ラルードもいよいよ寒くなってきましたね……」
「そうね、だってもう雪の月だもの」
コートの襟元を合わせながらエリータがそう返した。もうじき、ラルードにも雪が積もるだろう。ファルはふうとため息をついた。
「こんなに寒くては、風邪をひいてしまいますね……あ」
ファルが立ち止まったので、先を行く皆も立ち止まってファルを振り返った。ファルの視線は、一軒の衣料品店に注がれている。
「寒い時期ですので、何か防寒具なんかはどうでしょうか」
笑顔でされたファルの提案に、他の面々はなるほどと頷いて、その衣料品店にぞろぞろと足を踏み入れた。
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