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■白鹿亭冒険記譚■ □白鹿亭小話〜聖クライス祭の夜に side-D□

 夜もだいぶ更けたころ。マスターが空いた酒瓶の片づけをしていると、正面玄関が音を立てて開いた。
「いらっしゃ……ぎゃっはっは! 久しぶりに見たと思ったら何だ、その格好は!」
 マスターの大笑いに迎えられて、ヤンダはいささか面白くない顔で扉を閉めた。
「…さすがに酷いんじゃないのか、グリード…」
「すまん、いや、まさかな…どうしたんだ一体」
 笑いを納めてマスターが尋ねると、ヤンダはなんのことはない、と答えた。
「レイアがクロにプレゼントをするんだと言ってな」
「へぇ。で、レイアは?」
「先に眠っている。夜更かしは美容の天敵だそうだ」
「あのレイアの言いそうなことだな…クロなら部屋だ。流石にもう眠っているだろう」
 マスターに礼を言って、ヤンダは階段を登っていく。二階の廊下をまっすぐ進んで突き当たりの部屋が、【蒼空の雫】の部屋だ。
 ヤンダはそっと気配を消して中の様子を伺った。静かな寝息が聞こえてくる。皆、よく寝付いているようだ。
 そのままヤンダはゆっくりとドアノブに手を掛けて、回そうとした。が。
 回らない。
 何度ノブをひねっても同じだ。回らない。鍵でもかかっているのだろうか。自分がいたころは鍵などなかったのだが。
 仕方なく、ヤンダは階段を下りて行った。グラスを洗っているマスターに尋ねる。
「グリード、この宿、鍵なんてついていたか?」
「は? 部屋に鍵はついてないはずだが。お前だって知ってるだろう」
 ヤンダの記憶違いではなかった。さて、どうするか。
 ヤンダは一度宿から出ると、裏路地にまわり込んだ。窓なら流石に開くだろうと思い、石壁に手を掛けてよじ登り始めた。
 若いころ、よくツケを滞納しては、逃げたり隠れたりだのしてこの石壁も上った。だが、今は少し体力が落ちたようだ。なかなか辛い。
 ようやく窓の桟に手を掛けて、ヤンダは窓をそっと押した。
 開かない。ヤンダは青ざめた。
「……何してるの、そこの人」
 その時、路地から声がかかって、ヤンダはびくりと身を震わせた。確かに、はたから見たら相当怪しいに違いない。
「な、何もしてない。少し昔を思い――」
「もしかして、ヤンダ?」
 よく考えれば、その声には聴きおぼえがあった。ヤンダは落ち着いて尋ね返す。
「エイジか?」
「やっぱりヤンダだ。何してるの、しかもそんなかっこで」
 ヤンダは気恥ずかしさを覚えながら、無言で路地に降り立った。


 その後、エイジの精霊に鍵を開けてもらい、ヤンダは無事、レイアからのプレゼントをクロの枕もとに届けることに成功した。
 その時、枕もとにもう一つ包みが置いてあるのを見て、ヤンダは眠りこむ息子と、他のメンバーの顔を見渡した。
 一階の酒場に降りていくと、エイジがカウンターに座ってシチューを食べていた。
「おつかれ、ヤンダ。一杯飲んで行ったら?」
 久しぶりでもエイジは相変わらずだ。ヤンダがエイジの隣に腰掛けると、マスターがエールを一杯出してくれた。
 ちびちびとエールに口をつけながらエイジを見やる。エイジはニンジンをすくって口に運んだ。
「……ニンジン、苦手じゃなかったか?」
「もう食えるようになったのー。おれもう三十五だよ?」
 馬鹿にしてるの、と笑うエイジに、ヤンダは首を振った。こうして話すと、昔の幼いエイジとあまり変わりがないように思えた。
「ヤンダはおっさんくさくなったよね。レイアは元気?」
「おっさんくさいは余計だ…レイアは元気だぞ」
「そっか、まぁレイアだもんね」
 よく分からない理屈で納得して、エイジはスプーンを置いた。
「【蒼空】のクロは、みんなに大切にされてるね」
 そう言ってエイジが笑ったので、ヤンダはエールを置いて呟いた。
「……昔のお前みたいだよ」
 ヤンダの言葉に、エイジは少し照れくさそうに笑った。

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