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■白鹿亭冒険記譚■ □白鹿亭小話〜聖クライス祭の夜に side-E□

 聖クライス祭が終わった次の日。白鹿亭は静かだった。
 いつものようにマスターが朝食の下準備をしていると、クロが階段を下りてきた。その手には、古めかしく分厚い本。
「おはよう、クロ。今日は見ない本を持ってるな?」
 クロはいつもの丸テーブルに座らず、カウンターまで来て、少し高めの椅子によじ登って座った。
 マスターは少し不思議に思ったが、とりあえず沸かしてあったお茶をカップに注いでクロに出した。
「どうした?」
「…鍵、掛けておいたのに、朝、枕もとに置いてあった」
 クロは本と、マフラーと手袋をカウンターに置いた。そして不安げにマスターを見上げている。
 マスターは何となく想像がついたので、笑ってクロの頭をなでた。
「きっと聖クライス様からの贈り物だな、ありがたく受け取っておけばいいさ」
「…聖クライス? サンタ・クラースのこと?」
「あぁ、そうだな。クロはいい子にしてたからな。クライス様がお恵みくだすったんだろうさ」
 マスターがそう言うと、クロはしばらく机の上に置かれたその二つをじっと見やって、ぽつりと呟いた。
「……聖クライス、魔術使いなんだ……」
 ファルが聞いたらすぐ説教に入りそうなことを言って、クロは一つ納得したようにうなづくと、お茶を飲んで椅子から降りた。
 もらったばかりのマフラーを巻いて手袋をはめると、本を片手に、クロは正面の扉をあける。
「クロ? どこ行くんだ?」
「散歩」
 短くマスターに答えて、クロは朝の街へと出かけて行った。寒い冬の風が頬を撫でて行ったが、どこかほんわりと暖かいと思った。

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