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■白鹿亭外伝―赤昇亭の冒険者―■ □夜風に乗せて side-B□

 酒場でほんの少し聞き込みをしただけで、男たちのアジトの目星はついた。
 今日ラルードに来た“ワタリ”の冒険者が、バンダナの男が東門の外に広がる林に分け入っていくのを目撃したと言った。その林には、ずいぶん昔に棄てられた洋館があったはずだ。
 その館を根城にしているに違いないとふんだリーンとクロは、館に向けて木々の合間を歩いていた。なるべく音をたてないように、二人は草をゆっくりと踏みしめて歩いた。
「確か、館はこの辺りのはずですが……」
 一向に見えてこない館に、リーンがいぶかしげに呟いた。後ろからついて来たクロが、リーンの服の裾を引っ張った。リーンが振り返ると、クロは無言で、林の奥を指差した。
 彼の指先を目でたどると、確かに、林の奥にほのかな明かりが灯っていた。リーンはクロと視線をかわして、注意深く林を進んだ。
 木々に身を隠しながら近付くと、月明かりで館の全貌がくっきりと見えた。庭の草はぼうぼうと生い茂り、手入れされている様子がまったくない。館は壁の板が剥がれていたり、所々窓ガラスが割れていたりと、見るも無残な状態だった。先ほど遠くから見えた明かりは、二階の窓から漏れたもののようだ。時折、笑い声や仲間を野次る声が漏れ出てくる。玄関には一人、見覚えのあるバンダナを頭に巻いた男が見張りに立っていた。
 念のため館の裏側に回ってみたが、裏口は板が打ちすえてあり、そこから侵入することは不可能だった。入るなら、玄関から入るしかなさそうだ。
 不安げにリーンを見上げたクロに、リーンは任せて、というつもりでゆっくりとうなづいた。そして、見張りの男に意識を集中する。

――眠れ。

 そっと、穏やかに、波のように揺らしながら念を送る。

――眠れ。さぁ――眠れ!

 エメラルドグリーンの瞳が見開かれた瞬間、男はむにゃむにゃと言葉にならない声を漏らしながらその場に倒れた。念のため少し様子を見たが、男が起き上がる気配はなかった。
「さぁ、行きましょう」
 二人は木の陰から出て、館に向かって歩き出した。歩きながら、クロは何か気になることでもあるのか、ちらちらとリーンを見上げていた。
「……さっきの、なに? ……魔術?」
 男が寝ているのを確認したリーンに、クロが小声で尋ねた。リーンは男を引きずって扉の脇に寄りかからせると、淡くほほ笑んだ。
「あれは、私の“力”です。簡単に言えば、念じるだけでものを動かすことができたり、相手の本能に直接働きかけることができます」
 クロを助けた時に男をふっ飛ばしたのも、見張りの男をこうして眠らせたのも、リーンの能力だ。
 この能力ゆえ、リーンは幼いころから何かと虐げられて生きてきた。未知の力への畏れは威圧になった。または、倦厭に。
「……怖い、ですか?」
 目を伏せて俯いたクロに、リーンは尋ねた。クロはゆっくり首を横に振ると、しっかりしたまなざしでリーンを見つめ返した。
「怖く、ない」
 言葉は少ないが、まっすぐにリーンを見つめるその目は真摯だった。
 リーンは嬉しさに笑みを浮かべると、クロの頭を軽くなでた。
「この力に目覚めた時、わたしはちょうどあなたくらいの年齢でした。怖くないと言ってくれたのは、あなたで三人目ですよ。ありがとう、クロ」
 リーンがお礼を言うと、クロはほのかに笑みを浮かべた。
「リーンさん、ライハみたいだ」
「ライハ?」
 初めて聞いた名前に思わず問い返すと、クロは満足げにうなづいて正面の扉を見上げた。リーンも今は追求するのをやめ、扉のノブにそっと手をかけた。

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