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■白鹿亭外伝―赤昇亭の冒険者―■ □夜風に乗せて side-C□

 館の中に入ったが、中は明かりが灯っておらず真っ暗だった。二階からは男たちの談笑する声が響いていた。リーンとクロは、暗がりに目が慣れるのを待ってから廊下を進み、突き当たりにあった階段を慎重に上った。上りきった先の廊下には、わずかに開いた扉の一つから、一筋の光が漏れ出ていた。
 リーンは扉の隙間から、そっと中を窺った。ふいに、部屋から漂ってきたアルコールの臭いが鼻をついた。どうやらこちらも宴会中のようだ。
 部屋の中すべては見えないが、見える範囲では男が二人、床に座ってコップを傾けていた。そのうちの一人は先ほど公園で吹っ飛ばした男だ。後の人数は定かではないが、気配や声の感じからすると十人前後ぐらいだろうとリーンは推測した。
 リーンは後ろに控えていたクロを振り返った。クロがうなづいたのを見て、リーンは一気に扉を蹴り開けた。
 大きな音を立てて開いた扉に、場が一瞬静まり返った。男たちは突然現れた侵入者に腰を浮かせ、驚きと警戒の視線を向けた。
「て、てめぇら、さっきの魔術師とクソガキッ!?」
 先ほど公園でクロを放り投げた男が二人を指差して叫んだ。魔術師の単語にその場の空気が張り詰め、男たちは獲物を手に油断なくリーンとクロを睨んだ。
「お前ら、ここが盗賊衆【鴉羽団】のアジトだと知って乗り込んできたのか? え?」
 中でもひときわガタイのいい男が、歪んだ笑みを浮かべながらリーンに尋ねた。どうやらこの男が彼らのリーダーのようだ。
「先ほどラルードの森林公園で、この子から奪ったものを返しなさい」
 リーンが目的を告げると、森林公園で会った三人がげらげらと笑い声をあげた。そのうちの一人が「ほら、例の」と仲間に告げると、仲間たちも二人を小馬鹿にするように笑いだした。
 盗賊たちの態度に、リーンはむっとして彼らを睨みつけた。
「なにがおかしいんです」
「たかだかあんなもんのために、わざわざ命を投げ出しにくるとはな…とんだ馬鹿もいたものだ」
 盗賊の言葉にかっとなったクロが、リーンの横から飛び出して一人の足に体当たりをした。
「クロ!」
「女子供だからって容赦することねぇ、やっちまいな!」
 足にしがみついたクロを振りほどこうと、男は手にしたナイフを振り上げた。リーンはとっさに強く念じる。

――曲がれ!

 めきっ、と嫌な音を立てて、振り上げられた男の手がいびつに曲がった。男は悲鳴を上げてもんどりうち、その衝撃に手を離したクロが床に転がされた。
「何だ、魔術か!?」
「あの女が先だ!」
 起き上がろうとするクロには目もくれず、男たちは一斉にリーンを狙ってきた。リーンは振り下ろされるナイフをかわしながら、衝撃波や辺りの物をぶつけて応戦した。ナイフを避けた際にちらりと見えたリーダーの不敵な表情に、リーンはなにか引っかかるものを感じた。
「……よ」
「!」
「今、かの者をこの地に縫い止めよ。“大蜘蛛の網”!」
 リーンが詠唱に気付いた時には既に遅かった。一人動かずにこちらを窺っていた男の腕から、白い網が飛び出してリーンに降りかかった。
 とっさに避けようとその場を飛びのいたが、網はリーンの下半身をからめとり、リーンは床に叩きつけられた。
「くっ……」
 衝撃に視界がちかちかした。リーンは手をついて上半身を起こすと、網を破ろうと足に手を伸ばした。
 その腕をリーダーの男が勢いよく踏みつけた。痛みが走り、リーンは思わず顔をしかめた。
「よく見りゃ、なかなかの上玉じゃねぇか。殺すにゃもったいねぇな」
 そう言いながらリーンの頬に触れた男の手を、リーンは念動力ではじいた。
「汚い手で触らないでください」
「おーおー怖いねぇ。嫌いじゃないぜ、そういうの」
 男はいやらしい笑みを浮かべながら、はじかれた手をひらひらと振った。
「だが、反抗されて傷ついちゃ売りもんにならん。大人しくしてもらおうか」
「誰が言うとおりにすると……」
「おい、ガキはまだか!」
 男の呼びかけにはっとして、リーンは狭い視界の中でクロを探した。動き回る男たちの足の隙間から、クロのローブの裾が垣間見えた。
「クロ!」
「ガキを無事に帰したきゃ、大人しくするんだな」
 男たちの間を縫って逃げ回っていたクロが、とうとう壁際に追い詰められた。クロは三つに折りたたまれた棒を震える手で握りしめていた。
「クロ、逃げなさい!」
 そう叫んだリーンの横腹をリーダーの男が蹴りあげた。うめいたリーンの両手を、手下の一人がすばやく縄で縛った。
「そのまま転がしとけ。ガキは始末しろ」
 リーダーの言葉に、一人の男がナイフを手にゆっくりとクロに迫った。クロは何か決心したように表情を硬くすると、折りたたまれた棒を伸ばして、目の前の男にその先端を向けた。
「なんだぁ、ガキが。そんな棒っきれで俺たちとやろうってんのか」
 クロを取り囲んだ男たちは嘲り笑った。クロは真剣な表情のまま、棒でとん、と床をついた。
「これは、杖」
「杖だって?」
「杖だったところで、ガキに何ができるってんだ」
 笑っていた男たちを、クロが表情のない瞳で一瞥した。そのあまりの鋭さに、男たちの嘲笑がぴたりと止んだ。
 クロは一瞬のためらいののち、すうっと息を吸った。

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