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■白鹿亭外伝―赤昇亭の冒険者―■ □夜風に乗せて side-D□

「なんだ、取り込み中か?」
 クロの詠唱を遮ったのは、新たな闖入者が発した場違いな声だった。その場の全員が驚きと共に、戸口に現われた声の主を見た。
 銀色のぼさぼさ頭に同色の瞳。整った顔立ちはまだ少年のあどけなさを残しているが、切れ長の瞳に宿る光は、外見の若さに似合わず厳しいものだ。動きやすそうなジャケットとブーツ、腰には細身の片刃剣――東の国、和国のカタナと呼ばれるものだ――と、両刃剣がさげられていた。
「ら…ライハ!」
 誰もが彼を凝視する中、沈黙を一番に破ったのは他ならぬクロだった。聞き覚えのある名に、リーンはびっくりしてもう一度かの人を見上げた。ライハと呼ばれた青年は、不意に呼ばれた自分の名に怪訝な顔をしたが、盗賊たちの中にクロの姿を見つけると、その顔を青くした。
「クロ!? お前、なにやって……」
「なるほど、てめぇらの仲間か」
 リーダーの男が忌々しげにリーンを睨みつけてぼやいた。ライハは盗賊の言葉に、困ったように頭をかきながらため息をついた。
「仲間っつーか身内っつーか……ま、どちらにしても俺が受けた依頼には支障ない」
 そう言うや否や、ライハはリーンを抑えつけていた男にすばやく詰め寄り、抜いたカタナの柄でその横っ面を殴り飛ばした。
「なっ!?」
「盗賊衆【鴉羽団】…悪いが、依頼だからな。ぶっ壊させてもらう」
 不敵な笑みを浮かべて、ライハはリーンに背を向けて立った。この短い時間で状況を認識し、さりげなく自分をかばう位置に立ったライハを、リーンは驚きのまま呆然と見上げていた。
「ナマイキぬかすんじゃねぇこのクソガキが! 野郎ども!」
 リーダーの怒声を皮切りに、手下の盗賊たちが一斉にライハに躍りかかった。ライハは男たちの腕や足をカタナで斬り付け、蹴飛ばしては地に伏せさせていく。リーンはその鮮やかな手並みに思わず見とれていたが、部屋の隅で盗賊が魔術を唱えているのに気付いて咄嗟に声をあげた。
「気をつけて、魔術師がいますっ!」
「“大蜘蛛の網”!」
 リーンの忠告にかぶせるように、魔術師の男が術を放った。男の手から白い網が伸びるが、網はライハの体にかかった瞬間に音を立てて消滅した。
「な、何だと…ぐあっ!」
 魔術師が驚愕している隙に、ライハは魔術師のみぞおちを蹴り飛ばして昏倒させた。そして、遠巻きに自分を見ている盗賊たちにニヤリと笑いかけた。
「どうした、蜘蛛がいなきゃ怖くて戦えもしないか?」
 あからさまな挑発にのせられた盗賊たちが、ライハにナイフを突き付けようと一斉に動いた。しかし、怒りで単調になった動きは見極めやすい。ライハは繰り出されるナイフをいともたやすく受け止め、かわし、男たちにとどめの一撃を見舞っていった。
「そ、それ以上動くなっ!」
 ライハが、自分に向かってきた最後の男を掴んで顔面を殴りつけた時だった。どなり声の方を見れば、すっかり血の気をなくしたリーダーの男が小刻みに震えながら、捕まえたクロの細い首筋にナイフを当てていた。
 ライハは殴られて気を失った男から手を離すと、静かにリーダーの男を見つめた。男はおののきながらも、その太い腕でクロをしっかりと捕えて離さない。
「剣をしまえ」
 男の命令に、ライハは様子を窺うように男とクロを見た。捕えられたクロの無表情に少しの緊張と恐れを見とって、ライハは大人しくカタナを鞘にしまった。
「そうだ、それでいい」
 若干の安堵をにじませて呟いた男に、ライハはあきれたようにため息をついた。
「ひとつ、言っておくがな……」
 ライハは一度言葉を切ると、今まで見せたことがないほど鋭く暗い目つきで男を睨みあげた。
「そいつを人質にするんなら、死ぬ覚悟決めとけよ、クソ野郎」
 冷たい銀の瞳から放たれた殺気に、男だけでなく、遠巻きに見ていたリーンすらぞくりと身を震わせた。男の体が戦慄でこわばったその一瞬に、隙が出来る。
 ライハがカタナの柄に手をかけたその時、金属で出来た置物が鈍い音を立てて男の頭に勢いよくぶつかった。
「がっ!?」
 頭から血を噴き出しながら、男がどさりと床に倒れた。勢いを失った置物が音を立てて床に転がり落ち、解放されたクロは呆然とした表情でそのまま床に座り込んだ。
「な、何が起こったんだ…?」
「…ふぅ」
 あっけにとられた様子で呟いたライハの後ろで、リーンは置物に向けていた集中を解いて、胸に溜まっていた息を吐き出した。
 こうして、一時ラルードを騒がせた盗賊衆【鴉羽団】は壊滅の憂き目を見たのだった。

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