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■白鹿亭外伝―赤昇亭の冒険者―■ □夜風に乗せて side-E□

「やれやれ、なんだか知らんが助かった。大丈夫か?」
 リーンの手に巻かれた縄をほどいて、ライハはリーンに尋ねた。リーンはうなづいてから、自由になった手で足にからみついた網を払った。立ち上がろうとしたリーンにライハが手を差し出したので、リーンはありがたくその手を借りた。
「ありがとうございます、こちらこそ助かりました」
「じゃあ、お互い様ってことで」
 ライハが笑ってそう言ったので、リーンもつられて笑い返した。そして同時に、先ほどから倒れている盗賊たちの懐を探るクロに目をやった。
 公園で出会った盗賊のベストに手を突っ込んだクロは、目を輝かせて何かを取りだした。それは、金属で出来た小さなハーモニカだった。地方の土産物屋などでよく見かける、首からぶらさげるためのチェーンがついたものだ。
 手にしたハーモニカを安堵の表情で見つめたクロに、何か心当たりがあったのか、ライハがしかめっ面で尋ねた。
「クロ、まさかお前、それのために……」
 クロがびくりと身をすくませておそるおそるライハを見上げた。ライハはあきれたようにため息をついて、がりがりと頭をかいた。
「お前なぁ……そんなもんのために危ない目にあってどうすんだよ」
 とがめられたクロはハーモニカを握りしめて、俯けた頭を横に振った。ライハはクロに歩み寄ってしゃがみ込むと、クロの顔をじっと覗き込んだ。
「クロ。それはまた買ってやれるけど、お前がいなくちゃ買ってやれないだろ」
 ライハは穏やかな声で叱ったが、クロは頑なに言い張った。
「だ、大事、だから……」
 譲らないクロに、ライハはもう一度ため息をついて、クロの頭をぽんぽんとなでた。
「クロがそれを大事にするのと一緒で、俺も、父さんも母さんもクロのことが大事で、心配する。だから、クロにもそのハーモニカと同じぐらい、自分を大事にしてほしいんだ。俺の言いたいこと、分かるか?」
 クロの頭に手を乗せたまま、ライハがクロの目をじっと見つめた。クロはライハの言葉に反省した表情で少し黙してから、ゆっくりと一度うなづいた。
「よし。まぁ俺としては、そこまで大事にされてると嬉しいけどな。ありがとう、クロ」
 ライハが笑ってクロの頭をぐしゃぐしゃとかき回し、クロはくすぐったそうな顔でほほを上気させた。
 そんな二人の様子をほほ笑ましく見ていたリーンに、気づいたライハが慌てて謝った。
「あ、悪い。あんたにも迷惑かけたな。えーと……」
 窺うようにリーンを見たライハに、そういえば自己紹介をしていない、と思って、リーンは手を差し出した。
「リーン・アスラ・メルヴィ。赤昇亭の“ルト”です」
「へぇ、冒険者か。俺はライハ・ウェルズだ」
 ウェルズ。どこかで聞いたことのある名だと思いながらリーンは握手を交わした。思い出そうとぼんやりした記憶を手繰るが、床に転がった盗賊のうめき声に思考が途切れてしまった。
 ライハは廊下に置かれていた荷物袋から束になったロープを取りだすと、盗賊たちの手足を縛りはじめた。その作業を観察していたリーンはこの時になってはじめて、盗賊たちが一人も死んでいないことに気がついた。それだけライハの腕前がいいということだ。
 手際良く盗賊たちを縛り終えたライハは、パンパンと手を払って二人に向き直った。
「さ、とりあえず帰ろうぜ」
 ライハに促されて、三人は館を出た。ラルードへの道すがら、リーンとライハはお互いの経緯を軽く説明しあった。
「え、ライハさん、“ワタリ”なんですか?」
 説明の中でライハが“ワタリ”だと聞いたリーンは思わずそう問い返していた。種類は違えど、彼だって冒険者だったのだ。通りで手慣れているはずだと、リーンは心の中で納得した。
 驚いた様子のリーンにライハは苦笑を浮かべて、彼女の言葉を訂正した。
「“ワタリ”はやめて、“ルト”になろうと思ってるんだ。【鴉羽団】の依頼は、“ワタリ”収めのつもりで受けたんだが……」
 どう転ぶかわからんもんだ、とライハはクロをちらりと見て笑った。居心地が悪そうにむくれたクロに、リーンもくすりと笑いをもらした。
「本当に。クロはいいお兄さんがいてよかったですね」
 冗談めかしてリーンがそう言うと、二人とも照れくさそうにあらぬ方を向いた。
「兄っていうか……まぁ、そんなようなもんか」
「えぇ、仲のいい兄弟に見えますよ」
 ほほをかきながら言葉を濁したライハに、リーンはにっこり笑いかけた。
 ライハは何か言いたげにリーンを見たが、結局リーンには何も言わずに、少し先を歩くクロに問いかけた。
「そういやクロ、お前、なんでこんな時間に出歩いてたんだ?」
 それはリーンも気になっていたことだ。問いかける二人の視線に、振り返ったクロは言いたくなさそうに口をまごつかせたが、やがて観念した様子でぼそぼそと喋り出した。
「名前が、気になって……」
 ライハとリーンが質問をしながら要点を聞き出すと、その内容は以下のようなものだった。
 今日の昼間、育て親のレイアと共に買い物に出かけたクロは、会計をするレイアより先に店を出て道端で待っていた。店を出てきたレイアに名前を呼ばれたクロが応えると、たまたま通りかかった子供たちが、クロの名前を変な名前と言って笑ったというのだ。
 クロはそのことが気になって眠れず、気分転換をしようとこっそり家を抜け出して公園を散歩していた折に、盗賊たちに絡まれてしまったということだった。
 なんということはない理由にリーンとライハはあきれてものも言えなかったが、クロは真剣そのものだ。かける言葉を選んでいた二人に、でも、とクロが言葉を重ねた。
「リーンさんが、いい名前って言ってくれたから」
 それだけ言って、クロは嬉しそうにほほ笑んだ。ライハがそうか、と笑いながらリーンをちらりと見たので、リーンは少し照れくさかった。
「で、ハーモニカはどれだけ吹けるようになったんだ?」
 ライハの問いに、クロはぎょっとして首を激しく左右に振った。リーンも、この素直な子供の吹くハーモニカの音色を聴いてみたいと思った。
「それは私も気になります。是非聴かせてほしいですね」
 二人にお願いされたクロは恥ずかしそうに視線をそらしたが、ためらいがちにハーモニカを首から取ると、そっと口に当てて吹きだした。
 まだ拙いハーモニカのメロディは、夜風に乗って、静かなラルードの街にとけていった。

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