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■夏祭り■  □side-A□

 久しぶりに訪れた夏祭りは、昔よりもきらきら光っているように、僕には見えた。
 よどんでいるような生ぬるい夜風が、僕のむき出しの腕を、頬を、髪をなでていく。神社のある山のふもとまで一直線に延びる道には、その道を挟むように出店がずらりと並び、ぶら下がる提灯や軒先の明かりで、出店通りはとても明るかった。
 僕はそんな夏祭りの様子を、出店通りの入り口に立ったまま見ていた。散歩ついでにふらりと立ち寄っただけの夏祭りは、まるで薄いフィルターがかかった別世界のように思えた。
 立ち止まっている僕の横を、二人の子供がはしゃぎながら駆けていった。僕はどうせここまで来たのだしと思い、夏祭りの喧騒の中に何気なく足を踏み入れた。
 流れに沿って、ゆっくりと歩を進める。僕はすれ違っていく人々を横目で見た。学校帰りだろうか、近隣の高校のセーラー服を着た少女たち。浴衣姿の女性に手を引かれて歩く甚平姿の男の子。会社帰りにビールを一杯引っ掛けるために立ち寄った中年サラリーマン。見た目はバラバラだが、すれ違う人々は誰もが、きらびやかな祭りの雰囲気に軽く酔ったような、満ち足りた表情をしていた。
 そんな人々を眺めて歩きながら、僕はいつから祭りに来ていないのか思い出そうとした。最後に祭りを見たのは、確か中学に上がったばかりの頃だ。五年前、あの時はまだあの子がいて、毎年無理やり祭りに連れて来られていたのだった。


 彼女は僕の二つ隣の家に住んでいた幼馴染で、名前を笹岡シノといった。近所だからよく遊んだし、小学校も一緒で、同じ中学校に進学した。彼女はまるでそれが当たり前のように、毎年僕を夏祭りへと引っ張って行った。
 そんな彼女がいなくなったのが、ちょうど四年ほど前のことだ。なぜ彼女がいなくなったのか、僕には何もわからない。ただ、その頃耳にした噂では、会社が倒産しただの、多額の借金があっただの、あまりよくない噂が飛び交っていたのを覚えている。
 彼女の一家が失踪したあと、僕は普通に日々を過ごしていた。僕の家のポストに一通の絵ハガキが入っていたのは、つい先週のことだ。宛名は僕、送り主は彼女。その裏面には、彼女が好きだった打ち上げ花火の写真。何の音沙汰もなかった彼女から突然届いた絵ハガキに、僕は軽く安堵したと同時に、何で今頃、と首をひねったのだった。


 ごった返す人波とむせ返るような熱気に喉の渇きを覚え、僕は飲み物の屋台を探した。目に止まった屋台のメニューを眺めながら、僕は何を買おうか考えた。
『わたし、レモン・スカッシュ』
 懐かしい声が聞こえた気がして、僕はメニューから視線を外した。声の主である浴衣姿の彼女を探すが、ここにいるはずがない。僕は再びメニューに視線を戻した。
 そういえば夏祭りに来ると、彼女はいつもレモン・スカッシュを飲んでいた。普段はお茶しか飲まない彼女なのに。
『レモン・スカッシュには、夏がつまってるの。カズハも飲んでみればわかるよ。一口飲む?』
 そう言って小首を傾げながらレモン・スカッシュを差し出した彼女の姿を思い出して、僕は首を振った。あの時も確か僕は首を振って、彼女はつまらない、と口を尖らせたのだった。
「お客さん、どれにするの?」
 店番をしていた青年が怪訝そうな顔で僕を見ていた。僕はレモン・スカッシュを頼んだ。
 代金を払いカップを受け取って、僕は歩きながら初めてのレモン・スカッシュを一口飲んだ。甘酸っぱいレモンの香りと、喉を通る炭酸の痛みに、僕は思わず顔をしかめる。もしこの顔を彼女が見たら、「ひどい顔」と笑うに違いない、と僕は思った。

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