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■夏祭り■  □side-B□

 レモン・スカッシュを片手に、僕は出店通りをゆっくりと進んでいく。何となく目で追っていた看板にヨーヨーの文字を見つけた僕は、思わず足を止めて、ビニールプールに浮かぶ色とりどりのヨーヨーを見つめた。
「兄ちゃん、やっていくかい? 釣った分だけ持っていけるよ」
 三十代ぐらいでタンクトップを着た店主が声をかけた。ここまで見ていて断るのも気まずく、僕は恥ずかしさを覚えながらも、うなづいてしゃがみこんだ。財布から百円玉を出して店主に渡す。それと交換に釣り針を受け取り、僕はどのヨーヨーを釣ろうかとビニールプールの中を見回した。
『あーあ、また切れちゃった。どうしてかなぁ』
 僕の横で、紙が水に溶けて針金を落とした彼女が、頬をふくらませながら首を傾げていた。結いあげた黒髪、白い首筋、紺の浴衣。僕はその姿を、空虚な空間に今でもありありと描くことができた。
 十個ほど釣り上げたところで、僕は店主の顔色を見てわざと針金を落とした。息をのんで見ていた店主が、ため込んでいた息をふうっと吐いた。
「兄ちゃん、なかなかやるねぇ」
 僕は曖昧に微笑み返して首を振った。いつもヨーヨーを釣れない彼女の分も、僕が釣ることになっていた。彼女はヨーヨーを手に入れるまで、ずっと店先にへばりついて離れようとしなかったからだ。
 僕は結局水色のヨーヨーを一つだけもらって、再び通りを歩き出した。


 並んでいた出店が途絶え、道の先には大きな赤い鳥居と、山頂の神社へと続く石段が続いていた。後ろに見える出店通りの明かりと比べると、雑木林に挟まれている石段には、何段ごとかにぶら下がるほのかな提灯の明かりしかなく、少し薄暗くて心もとない。
 僕は毎年そうしていたように、石段をゆっくりと上り始めた。徐々に汗ばみ始めた僕の体を、ねっとりとした夜風がなでていく。木々がさわさわと音を立て、ふと空を見上げれば、梢の間から満天の星空が覗いていた。
 擦れ合う葉の音の中に、カラン・コロンと下駄の音が聞こえた。少し先を行く浴衣姿の彼女。彼女の浴衣の柄は何だったろうか。僕は思い出そうとした。
『あっ』
 彼女が声をあげるのと同時に、ヨーヨーが石段を転がり落ちてきた。僕はそれを拾うと、彼女の隣まで石段を上っていって、「何やってんだ」と笑いながらヨーヨーを手渡した。
 知らず知らずのうちに追いかけていた残像を消して、僕はいつの間にか止めていた足を再び動かし始めた。

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