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■夏祭り■  □side-D□

 とりとめのない思考から僕を引き戻したのは、石段の下から聞こえた声だった。
「おーい、シノー」
 それは、まだ声変わりする前の少年のものだった。どことなく聞き覚えのある声、聞き慣れたその名前に、僕は背筋が凍りつくのを感じた。
 少年の顔や姿は、逆光になってよく見えない。僕の隣で顔を輝かせた少女に向かって、少年は続けた。
「お前のばあちゃんが呼んでるぞー。河川敷に花火見に行くってー」
「もう、おばあちゃんったら分かってないのね。ここから見る花火の方が絶対に綺麗なのに!」
 口を尖らせた少女の言葉など全く聞かずに、少年が少女をせきたてた。
「早くしないと置いてくぞ」
「待って待って、カズハの意地悪!」
 少女は慌てて立ち上がると、僕の方を振り返って手を振った。
「それじゃあね、お兄さん。早くその人に会えるといいわね」
 少女はそう言って、待っている少年のところへカラン・コロンと下駄の音を響かせながら駆けていった。提灯の明かりに一瞬だけ照らされた少女の浴衣は、彼女の好きだった花火の柄だった。


 彼女の姿が見えなくなった後も、僕はその空間を呆然と見つめていた。頭が真っ白になり、自分の鼓動の音だけがやけに大きく響いた。
「そんな……まさか」
 僕は思わず声に出して呟いた。こめかみを汗がつうっと滑り落ちる。


 僕の目の前で、色鮮やかな花火が音と共にはじけた。

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