■文芸創作B■ □あまなっとう母さん□
ある朝、お母さんが目をさますと、お母さんはあまなっとうになっていました。
お母さんはどうしたことかしら、と考えましたが、さっぱりわかりません。
そもそもお母さんは、赤んぼうのゆうくんと、ちょっとおひるねをしただけなのです。それがなぜ、あまなっとうになるのでしょう。
考えてもわからないので、お母さんはゆうくんをさがすことにしました。ゆうくんはまだ赤んぼうなので、お母さんはしんぱいでした。ゆうくんはお母さんがいなくてないているかもしれないのです。
お母さんはがんばって、体をうごかそうとしました。うんしょ、おいしょ。かけ声をかけながらお母さんが体をゆらすと、あまなっとう母さんの体はころころところがりはじめました。
お母さんはころがりながら、ゆうくんをさがしました。
ころころとお母さんが転がっていくと、どうやらだいどころについたようです。
「やあ、あまなっとう母さん。だれのおやつにいくんだい?」
話しかけてきたのはいつもつかっているきゅうすでした。お母さんは少しびっくりしましたが、へんじをしました。
「こんにちは、きゅうすさん。いつもおせわになっています」
「いやいや、こちらこそ。いつもつかってくれてありがとう」
「うちのゆうくんをさがしているのですけど、知りませんか?」
「ゆうくんかい? 居間にいたような気がするなぁ」
お母さんはおれいを言って、またころころところがっていきました。
やがて、お母さんはつかれて止まってしまいました。
なにしろ、ころがるということは、ありったけの力で走るようなものなのです。
お母さんが休んでいると、もういっこあまなっとうがころがってきました。
これはだれのあまなっとうかしら。お母さんはふとそうおもいましたが、どうやらこれはほんもののあまなっとうのようでした。
「やあ、あまなっとう母さん。こんなところで会うなんてきぐうだね」
「こんにちは、あまなっとうさん。いつもおいしくいただいてます」
「いやいや、気にすることはないよ。ところでどこにいくんだい?」
「うちのゆうくんをさがしているのですけれど、あまなっとうさん、ごぞんじ?」
あまなっとうは「おお、」と声を上げました。
「しってるもなにも、ぼくは、ゆうくんが、あまなっとうのふくろをひっくりかえしてくれたおかげで、ここまでころがってこれたんだよ!」
「まあ!」
お母さんはびっくりしました。と、いうことは、ゆうくんは、近くにいるのかもしれません!
お母さんがあまなっとうにおれいを言おうとした時、のそりとかげがうごきました。
ふたりの前にあらわれたのは、なんと大きなけむしでした。
けむしは、ちゃいろとしろのしましまもようで、毛がみじかく、むくむくと近づいてくるのでした。
「うわあ、けむしだあ!」
あまなっとうはびっくりぎょうてんしてにげ出そうとしましたが、あっさりけむしにつかまって食べられてしまいました。
お母さんは、食べられてしまったあまなっとうとは、べつのことでおどろいていました。だって、あのけむしはなんだか、見たことがある気がするのです。お母さんははっと思いだしました。まさか……
「ゆうくん! ゆうくんなのね!?」
おもわずお母さんがそうよぶと、けむしはのそりとお母さんの方をむきました。やっぱりけむしはゆうくんだったのです!
ゆうくんけむしはあまなっとう母さんに気がついて、いそいそとお母さんの方にはってきました。このままでは、お母さんも食べられてしまいます。
「ゆうくん! お母さんよ! 食べないで!?」
しかし、ゆうくんけむしは気づいてくれません。
「ゆうくん! おねがい、たすけて! ゆうくん!」
お母さんの呼びかけもむなしく、ゆうくんけむしはけむくじゃらの顔にある、きばのついた小さなお口をぱかっと開けて――
はっと目がさめてお母さんがとけいを見ると、もう夕方の四時でした。ふと、となりをみると、けいとのおくるみにつつまれたゆうくんが、すやすやと気持ちよさそうにねむっていました。
おかあさんはめくれたタオルケットをかけなおそうとして、びくっとてをはなしてしまいました。ゆうくんのきていたけいとのおくるみは、ちゃいろとしろのしましまもようで、夢にでてきたけむしに、そっくりだったからです。
やっぱり、あのけむしはゆうくんだったんだわ。おかあさんはかくしんしました。
しかしどうしてあまなっとうになってしまったのでしょう。そう思ったおかあさんの目に、たたみの上にむぞうさにおかれたあまなっとうのふくろがうつりました。どうやらそれを食べながらねむってしまったようです。
おかあさんはまたゆうくんをみました。ぷっくりとしたほっぺはやわらかそうで、かみはふわふわとしています。ここにねているのはかわいいゆうくんで、けむしではありません。
おかあさんは、タオルケットをゆうくんにかけなおして、おでこにそっとくちづけしました。
もうあまなっとうにはならないから、けむしにはならないでね、ゆうくん。
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