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■シトリンライツ〜another story〜■ □想いは日記帳に寄せて□

「あ」

 ごそごそと机の中を整理していたときだった。引き出しの奥に懐かしいものを見つけて、ラルス・アールストレムは思わず声を上げた。
「どったの〜?」
 ひょっこりと横合いから、同じく自分の机を整理していたエルサ・テグネールが顔をのぞかせる。吃驚したラルスは、慌てて勢い良く引き出しを閉じた。
「なっ、なんでもねぇよ! のぞくな、馬鹿!」
「? 変なラルス〜」
 小首をかしげながらも、おとなしく片付けに戻るエルサを見やってから、ラルスはそうっと引き出しを開けた。奥に入っていたノートを取り出して、恐る恐るぱらりとめくってみる。
 それは、幼いときの日記帳だった。丁度、エルサがこの家へ来た頃のことが書いてある。
 自分の頭のおぼろげな記憶をたどって、ラルスは軽く目を伏せた。


 ラルスがもうじき八歳になろうかという頃だった。両親をとある事情で亡くしたラルスは、魔術師であるクラエス・セルベルに拾われて以来、魔術を学びながら、森の中にある小屋でともに暮らしていた。
 クラエスは魔術師のランクを表す連環(れんかん)が七つも付く優秀な魔術師で、良く仕事で長く家を空けることがあった。その間、ラルスは小屋で、一人魔術を独学で磨きながら、留守番をしているのである。
 そしてその日も、クラエスが遠出から帰ってきた日だった。


 いつもは一人で帰ってくる師が、その日は誰かを連れてきた。小屋の外に響く足音でそれを察知したラルスは、師がドアを開けるより先に、自らドアを開けて、師とその連れを出迎える。
「おや、ラルス。わざわざありがとう。ただいま戻りました」
 クラエスはいつものように穏やかに笑って言った。そんな師の足にすがりつく、小さな影が一つ。
「おかえりなさい…じゃなくて。師匠、『それ』…」
「あぁ、紹介が遅れましたね。ほら、怖くないから出ておいで」
 やわらかく背中を押されて、影はおずおずと前に出てくる。
 『それ』は、女の子だった。
 歳はラルスと同じぐらいだろうか。淡いパープルの髪を後ろで三つ編みにし、余った横の髪が顔にかからないように白いヘアバンドをしている。背はラルスよりも若干低く、不安に揺れるアメジストの瞳は、うかがうようにラルスを見上げていた。
「ラルス。今日から一緒に暮らすことになりました。エルサ・テグネールさんです。さぁエルサ、挨拶をして」
 クラエスに促されるが、ラルスと目が合うと、エルサは逃げるように師の後ろに隠れた。その態度にカチンときて、ラルスは思い切り顔をしかめる。
「こら、ラルス。そんな顔をしなくても」
 穏やかに師はたしなめるが、ラルスの機嫌は治まらなかった。伺うように顔を覗かせたエルサから、ふいと顔を背ける。
 クラエスはやれやれと溜め息をついて、泣きそうになるエルサにやんわりと笑いかけた。
「エルサ、彼がラルス・アールストレムです。……少し、乱暴なところがありますが、根はいい子ですので、怖がらなくてもいいですからね」
 その師の言い様にさらにカチンときて、ラルスは師が入ってくる前にドアを閉めた。


 その日の夕食の席、三人が囲む食卓は、言いようの無い静寂に包まれていた。
「………」
「………」
「…あの、二人とも? もう少し仲良く…出来ませんか?」
 見かねて、師が苦笑交じりにラルスとエルサに声をかけた。が、ラルスは依然としてエルサと目を合わせようとはせず、エルサは今にも泣きそうな顔で、ほそぼそと手を動かしている。
 クラエスはやれやれと溜め息をついて、持っていた器をテーブルに置いた。
「ラルス、エルサ。もう食べないのでしたら残してもよろしいですよ」
「え? でも、師匠…」
「その代わり」
 ラルスの言葉をさえぎって、師は続ける。
「ラルスはエルサを部屋に案内して、掃除を手伝ってあげてください。今日中には寝床をつくれるようにね」
「は!? 何で俺が……」
 明らかに不満そうなその言葉を聞いて、エルサの肩がぴくりと震えたことに、ラルスは気づかない。
 師は珍しく厳しい表情で、ラルスの目をじっと見据えた。
「私にとってもラルスにとっても、エルサは大切な『家族』ですからね、当然ですよ。
 さぁ、分かったなら立って。部屋はあの空いている部屋を使ってください。くれぐれも仲良くね」
 師にせかされて、ラルスは渋々いすを引いた。困ったようにクラエスを見つめるエルサにやきもきして、ラルスは乱暴にエルサのいすを引く。
「きゃっ」
「行くぞ。付いて来な」
 ぶっきらぼうにそう言って、エルサの腕を乱暴に引く。エルサは助けを求めるようにクラエスを見たが、ラルスに階段の方へと引きずられていった。
 クラエスはそんな二人の背中を見送って、一人困ったように溜め息をついた。


 小屋の二階には四つ部屋がある。一つは師であるクラエスの部屋、一つはラルスの部屋、一つは物置、そして、最後の一つはこれからエルサの部屋になる。
 しばらく開けていなかった扉を開けると、細やかな埃が宙に舞った。口元を押さえて、部屋の中央にあるランプに火をともす。
 ラルスはさらに部屋の奥の窓を開けて、まだ部屋の入り口で立ち止まっているエルサを振り返った。
「…何してんだよ、入ってくれば良いだろ」
 ラルスがそう声をかけても、エルサはスカートのすそをぎゅっとつかんで、部屋の入り口でうつむいている。ラルスは怪訝そうに眉をひそめて、エルサの顔を覗き込む。
「おい…」
「……ごめんなさい」
 唐突に放たれた言葉の意味が分からなくて、ラルスは続く言葉を飲み込んだ。エルサはすそを握り締めたまま、震える声を絞り出す。
「ごめんなさい、ごめんなさい、怒らせるつもりはありませんでした、邪魔をするつもりもありませんでした…でも、その、わたし、行くところ…なくって…お母さんもお父さんもいなくてっ……だからお願い、お願いします…わたしをここにおいてくださいっ…!!」
 必死な面持ちで訴えるエルサ。今まで自分の中に溜め込んでいた言葉をすっかり吐き出した安堵からだろうか、その瞳からとうとう涙が零れ落ちた。
 堰を切ったように泣きじゃくるエルサ。今まで、ずっと心の中で己を責め続けていたのだろうか。些細な自分の一言で、心はじくじくと血を流していたのだろうか。悪いのは自分なのに、彼女に非はないのに。
 初めてエルサの内面に、その頼りない優しさに触れて、ラルスは胸が締め付けられた。自分は、本当に悪いことをしてしまった。
 次から次へと涙をこぼすエルサを見て、ラルスはちょっとだけ迷って、ぽんぽんとエルサの頭を軽くなでた。
「…誰も、出てけなんて言ってないだろ…師匠が決めたことだし」
 少し気恥ずかしくなりながらも、ラルスは続ける。
「それに、俺も別に嫌なわけじゃないし、家族が増えるのは嬉しいし、俺も昔一人だったから、なんとなく気持ちわかるし……とにかく、泣くなよ」
 必死にまくし立てて、ラルスは赤くなった顔をふいと背けた。エルサは驚いた顔でラルスを見ていたが、ちらりと横目で様子を伺うラルスに、ふっと微笑んだ。
「……ありがとう、ございます……」
 エルサの笑った顔にさらに頬を染めて、ラルスは再び目をそらした。そういえば、今日エルサと初めて会ってから、一度も笑った顔を見たことがなかった。
 それだけ、追い詰められていたのだろうか。
 ラルスは複雑な気持ちになりながら、もう一つ言うべき事を思い出した。
「…そうだ、もう一つ」
「?」
「……『家族』なんだから、そのかたっくるしい敬語はやめようぜ。分かったか?」
 ぱちんと、ラルスとエルサの目が合った。エルサは赤くなった目をこすって、にっこりとうなづく。
「わかった、ラルスくん」
「くん付けもなし」
「うぇ…わ、わかった、ラルス」
 それで良し、とうなづいて、ラルスにも笑みがこみ上げてきた。ふっと笑って、照れ隠しに伸びをする。
「よし、じゃあ掃除するぞ、お前も突っ立ってないで手伝えよな」
「うん。……あ、ラルス」
「ん?」
 掃除用具を取りに部屋を出ようとしたラルスを呼び止めて、エルサは深呼吸を一回した。振り向いたラルスに、にっこりと笑いかける。
「ありがとう、これからよろしくね」
 その表情がとても綺麗で、心臓が跳ね上がった。ラルスはドキドキする心臓を紛らわせるために、短く答えて物置部屋の扉を閉めた。


 あぁ、そんなこともあったっけなぁ。
 ぱらぱらと日記帳をめぐりながらそんなことを思って、ラルスはふと手を止めた。ここで終わりかと思ったが、次のページに続くようだ。昔の自分は一体何を書いたのだろう。
 何気なくめくって、瞬間、ラルスは息を詰まらせた。思わず噴出しそうになるのを必死で堪え、顔が恥ずかしさで一気に熱くなった。その横顔に、薄いパープルの髪がさらりと触れる。
「さっきから何内緒で見てるのー? わたしにも見せてよー」
「ってわっ、馬鹿! 覗くなって言ってんだろ! あっち行けって!!」
 横から顔を覗かせたエルサを必死に追い払うラルス。が、今回はエルサも簡単に引き下がらない。
「何赤くなってるの?気になるよ〜、見せてよ〜」
「誰が見せるか!! いいから向こう行けって!」
 今度は明らかに不満そうな顔で、渋々自分の机に戻るエルサ。ラルスはエルサがきちんと自分の作業に没頭し始めるのを確認してから、勢いで閉じたページをパラリとめくって、閉じて、再び机の奥にしまった。

――end

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