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■列車の中で■

 カタタン、カタタン、と音を立てながら、列車は僕が生まれ育った町へと向かっていた。
 僕は列車に揺られながら、窓の外の景色をただぼんやりと眺めていた。ほとんど乗客のいないワンマン列車。そのボックス席に僕は一人で座っている。向かいの席には僕の小さな旅行鞄と、ソフトケースに包まれた愛用のギターが静かに置かれていた。
 遠くの景色を見ていた僕のポケットで、携帯電話が微かに振動した。開いた画面には懐かしい名前と、一言、『おかえり』の文字。僕は思わずふっと笑って、そっと携帯電話の画面を閉じた。


 僕の故郷には、幾多の日々を共に過ごした仲間がいる。大体が幼稚園や小学校から一緒で、田舎だったためクラス替えもなく、中学を卒業するまでほとんど毎日顔を合わせていた。周りがあきれるほどに、僕らは仲が良かった。それと同時によくけんかもした。
 けんかで思い出すのは、中学校三年の時の、体育大会前日の大ゲンカだ。練習に不真面目だった僕ら男子に、ハルという女の子がブチ切れて、廊下で泣きながら僕らに向けて不満をぶつけたのだ。ハルの感情は次第に女子全員に伝染し、皆泣きながら、今まで溜めこんでいたものをぶつけあった。僕ら男子は泣きやまない彼女らにうろたえながら、ただごめん、と謝るだけ。次の日、「弱肉強食」をスローガンに掲げていた僕らは見事に下級生に食われてしまったが、あの日僕らは確かに、勝ち負けじゃ得られない大事なものを見つけたのだ。
 中学を卒業してからも、僕らはお互いに声を掛け合ってはしょっちゅう集まった。誰かの家で夜が明けるまでよく語り合ったりもした。そして高三の夏、僕らは近所の浜でキャンプをした。テトラポッドに囲まれた砂浜。僕らはそこにテントを立て、焚き火を囲んでいろいろな話をした。夜、空には満天の星が広がり、僕らはアスファルトで舗装された道路に寝転がって、それを見つめていた。

「あっ、流れ星」

 隣で誰かが呟く。空を幾つも流れ星が滑っては消えた。皆はあの日、流れ星に何を祈ったのだろうか。
 その年の正月には、夜通し寝ずに、海まで初日の出を見に行った。立ち入り禁止のところに上って、寒さに肩を寄せ合いながら、日が昇るのを待っていた。海と空の境目が朝焼けに染まった時は、なんて言ったらいいかわからなくて、ただずっと見つめていたんだ。


 そっと閉じた瞼の裏に映るのはそれだけじゃない。冬空に輝くオリオン、海、幾度となく駆けずり回った町の中。学校のグラウンド、誰もいない公園、遠くにそびえ立つ二本の赤と白の煙突。ボロボロの無人駅と、列車から降りたときに見た、あの日の夕焼け。そんな沢山の思い出が詰まった町へ、列車は向かう。僕はしばらくぶりに会う仲間にどんな顔をすればいいのか戸惑いながら、僅かな不安とささやかな期待に胸を躍らせて、立てかけてあったギターを抱えた。再び目を閉じた僕は、瞼の裏によみがえった彼らの笑顔に、そっと、ただいまを言った。

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