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■Little Christmas■

「ちぃにーちゃん、“さんたくろーす”ってほんとにいるの?」
 夕食後、自分の部屋で数学の宿題に取り組んでいた明人(あきと)の元に、九歳も年の離れた保育園児の弟、優(ゆう)が、大きな丸い瞳をキラキラさせてやってきた。まだ手足が短い上に、寒さ対策で何枚も厚い衣服を着重ねたその丸っこい体で階段を上ってくるのはさぞかし大変だったろう。それを証明するかのように、頬は僅かに上気しており、息が少し荒かった。
 優は部屋に入ってくるなり、その純真無垢な瞳で明人をまっすぐに見上げ、期待に目一杯顔を輝かせながら、舌足らずな甲高い声で明人に尋ねたのだった。
「ちぃにーちゃん、“さんたくろーす”ってほんとにいるの?」
 と。
 明人は数式を解く手を一旦止めて、椅子を回して弟に向き直った。弟の胸には、それはそれは大事そうに一冊の本が抱えられている。恰幅のいい体を赤と白が基調の衣服で包み、白く豊かな髭を蓄えた老人の絵――そう、サンタクロースだった。
 また兄貴に絵本を買ってもらったのか。兄貴はいつもユウには甘いんだから。
 心の中でため息混じりにそう呟いて、明人はあどけない弟の笑みににっこりと意地悪い笑みを返した。この夢見がちな弟には、少し世間の厳しさというものを教えてやらなければならない。
「いいか、ユウ。サンタクロースなんてこの世には……」
「あっくん、そこまで」
 ぱし、と明人の頭を小突いて制止させたのは、いつの間に二階に上がってきていたのか、明人と優の兄である直哉(なおや)だった。
 暖かそうなセーターにブルージーンズ、その上にはシンプルなエプロンがかけられている。改めて見れば、彼が右手に持っているのは明日のスーパーのセール広告だった。どうやらそれで明人の頭を叩いたらしい。
 直哉は人の良い、暖かな笑みで優に目線を合わせてしゃがみこんだ。
「ユウちゃん、心配しなくてもサンタクロースは本当にいるよ」
「ほんとに?」
「本当本当。大兄ちゃんが嘘をついたことがあるかい?」
「ううん」
 ふるふると短い首を賢明に振る優に、直哉は満足そうににっこり笑って、柔らかい優の頭をくしゃりとなでた。
「プリンがあるよ。食べようか」
「ぷりんたべるーーっ!」
 直哉の言葉に目の色を変えて、優はぽてぽてとせわしなく明人の部屋を出ていった。それを朗らかな表情で見送った直哉に、明人はため息混じりに呟く。
「……兄貴はユウに甘いんだよ」
「あっくんが厳しいんだよ」
 兄は穏やかにそう返して、よいしょ、と掛け声をかけて立ち上がった。全然高校生らしくない。
「でも、サンタクロースのことだって、いずれ分かることだろ」
 大人になって幻想を打ち砕かれるのなら、初めから幻想を抱かなければいい。
 明人が素直にそう言うと、直哉は苦笑交じりにうーんと唸った。
「あっくんはシビアだねぇ」
「だって、どうせ後で分かるのに」
「“どうせ後で分かる”なら、今ぐらい夢を見ていたっていいだろう?」
 兄に言わせて見ればそうらしい。明人はいまいち納得がいかずに、ぶすっとした表情のまま唸った。
 なんかこう、すっきりしない。
 直哉はそんな明人を見ていたが、階下から聞こえる優の催促に慌てて振り返った。
「ユウちゃんにプリン出してあげるんだった。あっくんも食べるよね?」
「……今、宿題中」
「じゃあ持ってきてあげるよ。ちょっと待ってて」
 そう言い置いて、直哉はばたばたと部屋を出て行く。後に残された明人はため息をついて頭を掻き毟ると、思考をリセットして再び難解な数式に向き直った。


 中学校からの帰り道のことだった。
 今日は兄がバイトで遅くなる為、保育園へ優を迎えに行くのは明人の役目だ。父は仕事で毎日のように遅いし、母は五年前、優を産んだときに亡くなっている。
 正直言って、明人は子供が嫌いだった。うるさいしすぐに泣く。自分と子供はとことん相性が悪いらしい。
 だから、明人の足取りは重かった。
 行きたくない、行きたくないと思いつつも足は動く。気付けば、明人は優の通う保育園の門前に立っていた。
「……はぁ」
 ここまで来てしまったら仕方ない。兄として、きっちりと優を迎えに行かなければ。
 明人は覚悟を決めて、保育園の中へ足を踏み入れた。
 その時、園内からけたたましい泣き声と叫び声が聞こえてきた。必死になだめる先生の声までもがこだまする。
 そしてその泣き叫んでいる声に、明人は聞き覚えがあった。
「……ユウ?」
 不安に駆られて、明人は園舎へと走り出した。騒然とする玄関には保育士のお姉さんが何をするでもなくただおろおろと立っている。
「美砂(みさ)さん、何があったんですか?」
「あ、優君のお兄ちゃん! 優君が……」
 保育士の美砂はそう言って優の教室を指差したきり何も言わない。明人は玄関で靴を脱いで、優の教室に駆け込んだ。
 そこには、涙で顔をぐしょぐしょにしながらも同じ組の園児と取っ組み合う優の姿があった。
「うーそつきー! うそつきユウー!」
「うそじゃないもん、だいにーちゃんがいってたんだもん!」
「じゃあその兄ちゃんがうそつきなんだーー!」
「だいにーちゃんはうそつかないもん!」
 すさまじかった。もう、叫び声はほぼ奇声に近い。そして二人は非力ながらも、めったくたになってもみ合っていたのだった。
 明人はその光景に呆然としていたが、はっと我に返ると、慌てて優を園児から引き剥がした。
「ユウ!」
「うぇっ…えぐっ…ちぃにーちゃーん……」
 優は明人の姿を視認すると、今度はか細い声で泣き始めた。ひっしと明人の服にしがみついて、声を殺して泣いている。先ほどまでの奇声がまるで嘘のようだった。
「……何があったんです?」
 泣きじゃくる優の背をさすってなだめながら、明人は優の担任である年配の保育士に視線を向けた。優の担任、笹波は状況を知らないらしく、首を横に振るばかりだ。
 しゃくり上げている優は未だ喋れる状況にない。どうしたものか。
 明人が考えあぐねていると、先ほどまで優と取っ組み合っていた園児がむっくと立ち上がって、生意気な目で明人を睨みつけた。
「こいつ、サンタクロースはいるってうそつくんだぜ。おれはしってるんだ、サンタクロースなんていないって」
「いるもん!」
「いないっていってんだろこのうそつき!」
 きっと園児を睨みつけて駆け出そうとする優を抱きかかえて止める。優はじたばたと腕の中でもがいていたが、やがて悔しそうにぱたぱたと涙を落とした。
 このやり取りに、ふと明人は妙な、なんと形容していいか分からない気持ちに襲われた。
 何で、何で優は、あんな幻想のものを心の底から信じて、いずれ打ち砕かれる幻想のためにここまで必死に戦っているのだろう。
 何で、あんなもののために泣くのだろう。
「なぁ、ユウのにーちゃん」
「へっ?」
 唐突に呼ばれて吃驚した。間抜けな声が飛び出る。
 園児の男の子はふんと生意気に鼻を鳴らすと、仁王立ちになって明人を睨み上げた。
「にーちゃんならしってるよな。サンタはほんとにいるのか? いないのか?」
 視線が明人一点に集まる。涙に濡れた優の視線も、取っ組み合っていた園児の男の子の視線も、何かを期待するような周りの園児の視線も。
 皆が皆、明人の答えを求めている。
 どうせ打ち砕かれてしまう幻想なら、初めから抱かなければいい。
 どうせ打ち砕かれてしまう幻想だから、今だけでも抱いておきたい。
 明人は一瞬だけ逡巡して、しかし覚悟を決めて口を開いた。
「いるさ」
 ざわめきが波のように伝わった。優は感動で大きな目をまん丸に見開き、園児の男の子も唖然として明人を見ている。
「ちぃにーちゃ……」
「兄貴がそう言ったんだろ? ならいるんじゃねぇーの」
 ぶっきらぼうにそう言い直して、明人は立ち上がった。
「ユウ、帰るぞ。支度しろよ」
「……あい!」
 悔しそうに優を見る男の子に、優ははちきれんばかりの笑顔を向けた。


「聞いたよ、あっくん。大活躍だったんだって?」
 その日の夕食後。再び自分の部屋に篭っていた明人にお茶を持ってきた直哉が、普段どおりの穏やかな笑みでそう言った。
 明人は一瞬何のことだか分からずに、眉をひそめて兄を見返す。
「ほら、今日、ユウちゃんの保育園で」
「!」
 思い当たった瞬間、恥ずかしさに耳まで赤くなった。真っ赤になった顔を見られないように、明人はふいとそっぽを向く。
 何で兄貴が知ってるんだ……さてはユウ、喋りやがったな!?
 火照る顔を兄に見せまいと必死にそっぽを向く明人に、直哉は暖かな笑みを浮かべた。
「あっくんにも分かってきたんだねぇ」
「分かんねぇーよ」
 このぶっきらぼうは照れから来るものだということを、兄である直哉はちゃんと分かっているようだ。
 直哉は微笑んで、穏やかに瞼を閉じた。
「……ありがとう、あっくん」
「何で兄貴が俺に礼を言うんだよ……ワケわかんねぇ」
 本気で分からない顔をして、怪訝そうな視線を向ける明人。直哉は笑ってはぐらかすと、静かに階下へ下りていった。
「……〜〜〜〜っ」
 兄の足音が聞こえなくなったのを確認してから、明人は恥ずかしさのあまり机に突っ伏した。
 本気で自分の性に合わない。似合わない、慣れてないことはするもんじゃない。
 もうすぐクリスマス。今日の夕食の時、優は本当に嬉しそうに終始ニコニコしていた。
 楽しみなのだと言っていた。
「……まぁ、いいか……」
 ぼそりと呟いて、明人は山のような宿題と向き合うことにした。


「ただいまぁ!」
 クリスマス当日。雪の中を駆け足で帰ってきたのだろう、優は寒さで顔を真っ赤にして、コートに雪を大量にひっつけて帰宅した。
 その声を聞いて玄関に迎えに出た明人は、思わず半目で弟を見やる。
「……ユウ……」
「ちぃにーちゃん、さんたくろーすきてる!?」
「…サンタさんは…夜にならないと……来ないんだよ、ユウちゃん」
 優の後ろから、息も絶え絶えの直哉が買い物袋を手に提げて入ってきた。首に巻かれたマフラーは解けかけて肩から垂れ下がり、髪は風になぶられてぐしゃぐしゃだ。
「兄貴も走ってきたんだ?」
「ユウちゃんが走るんだもの……頑張ったよ」
 苦笑しながらコートの雪を払う兄を見て、やはり兄貴は兄馬鹿だなぁと再認識した明人である。
 優は少し残念そうな顔をして、雪をふっつけたまま家の中へ上がろうとする。
「わっ、馬鹿ユウ! 雪ほろえよ!」
「うにぁ?」
 首をかしげて動きを停止する優。明人はその隙にすばやく優のコートの雪を払った。
「あーまったく……もういいぞ」
「あいっ」
 にっこり笑ってとてとてと中に上がる優。それを見送ってから、明人は直哉に腕を差し出した。
「兄貴、荷物。しまってくる」
「あ、ほんと? じゃあお願い」
 すっかりべしゃべしゃになった玄関と格闘を始めた兄から買い物袋を受け取って、明人は台所へ向かう。通りかかった居間では、優がなにやらこそこそと保育園鞄を開けていた。
「……何やってるんだ、ユウ」
「! なっ、なんでもないのっ」
 慌てて鞄を後ろに隠した優に明人は首を傾げたが、深入りしないことにした。受け取った買い物袋の中には冷凍物もあったので、もたもたしてはいられない。
 明人は後ろ髪を引かれつつも、さっさと台所へ向かった。袋の中身を確認しながら、冷蔵庫、冷凍庫、野菜庫にそれぞれ振り分けて入れていく。
 袋の中身が半分ぐらいになったところで、掃除を終えた直哉が台所へ入ってきた。
「あっくん、後はいいよ、僕がやるから」
「んー、俺やるよ」
「ありがとう。でもあっくんにはユウちゃんを見ててほしいな。頼める?」
 そう言われて断るほど、この仕事に未練もない。
 明人は素直に冷蔵庫の前からどけて、優の元へ行った。優は居間にうつぶせに寝転がって、なにやら落書き帳にクレヨンで描いている。
「何描いてるんだ? ユウ」
「!」
 優は驚きのあまり飛び上がって、慌てて落書き帳を閉じた。先ほどから何かと不振なそぶりが多い。
 ここまで隠されると逆に気になる。明人はにやりとわざとらしい笑みを浮かべた。
「なぁユウー、いい加減何してるんだか教えてくれよ」
「やーぁーっ! ちぃにーちゃんあっちいってぇぇぇ!」
 腕をぶんぶん振り回しながら顔を真っ赤にして叫ぶ優。
 ……そんなに嫌なのか……
 多少ショックを覚えつつ、明人は大人しくすごすごと台所へ戻る。
 台所では、今のやり取りがしっかりと聞こえていたのだろう、直哉が苦笑混じりに声をかけてきた。
「……おかえり、あっくん」
「……ただいま……」
「ユウちゃん……何してるの?」
「さぁな、俺も分かんねぇよ」
 何せ本人が教えてくれないのだ。尋ねても尋ねてもぎゃあぎゃあ叫んで追い返される。
 直哉は苦笑して、ちらとキッチンの隙間から居間に目を馳せた。
「…まぁ、ここから見えないこともないから、少し気をつけて見ていようか。
 それじゃあ、あっくんはちょっと料理を手伝ってくれる? 今日は結構大変だから」
「ん」
 了解の意でうなづいて、明人はキッチンの壁にあるエプロンかけから自分のエプロンを取ってつけた。
 その時に、ちらりと優の様子を伺う。
 優は楽しそうに、最近大好きなヒーローアニメの主題歌を鼻歌で歌いながら、上機嫌でクレヨンを走らせていた。


 その後も優はずっと上機嫌だった。ご飯を食べ終わった後も、それは続く。
「ねえだいにーちゃん、さんたくろーすまだかなぁ?」
 頬杖をつく明人の隣でうっとりと天井を見上げる優に、直哉は柔らかく微笑んだ。
「サンタさんは他の皆のところも回ってくるから、少し遅くなるかもしれないねぇ」
 そう言って、直哉はちらりと時計を見る。時計の針は九時を回っていた。
「ユウちゃん、良い子はもう寝る時間だから、そろそろ寝ようか」
「えー、ゆう、さんたくろぉすまつのー」
「あれー、ユウちゃんは悪い子なのかなぁ?」
「わるいこでいーもん、さんたくろーすまつんだもん」
 頬をぷくっと膨らませた優に、直哉は少し残念そうな顔をした。
「そっかー、じゃあ、家にはサンタクロース来ないかもしれないねぇ……」
「えぇっ!?」
 途端、泣きそうな顔で優が机に身を乗り出した。
「どーして!?」
「サンタさんは悪い子にはプレゼントをくれないんだよ、ユウちゃん」
 いかにも悲しげに直哉がそう言うと、優はがーんというような顔で言葉を失って、あたふたと椅子から降りた。
「ゆう、もうねる!! ゆういいこだもん!!」
「はい、よく出来ました♪ じゃあお部屋へ行こうか」
 にっこり笑って優の手を引いて行く直哉を見て、明人は大げさにため息をついた。
「……兄馬鹿だ……」
 兄馬鹿もここまで来ると才能である。
 明人は何とはなしにコップの中のジュースを揺らした。そういえば、こんな日でもあの親父は、仕事に追われて帰ってこないのか。
 最近まったく顔を合わせていない父の姿を思い出して、明人は不機嫌に眉をひそめた。
「どうしたのあっくん、なんだか怖い顔してるよ?」
 優を寝かしつけて戻ってきた直哉が、明人の向かいの椅子に座る。
 明人はその問いには答えずに、ただ目を眇めて斜を見ていた。
 直哉はその様子から察したのか、ふわりと目を細めてぽふぽふと優しく明人の頭をなでる。
「そんな顔したって仕方ないだろう? 僕らのために頑張ってくれてるんだから」
「……分かってる」
 分かっているから複雑なのだ。
 もやもやした感情がなかなか抜けず複雑な顔をしている明人に、直哉も複雑な笑みを浮かべて、ちらと優の部屋に視線を向けた。
「そろそろユウちゃん寝たかな…あっくん、ユウちゃんのところにプレゼント置いてきて欲しいな」
「俺が?」
 それは直哉の仕事だったはずだ。
 すると直哉は意味ありげに微笑んで、いいからいいからと明人を促す。
 明人は納得がいかずに怪訝な顔をしていたが、自分がやっても兄がやっても同じことだと思って立ち上がった。
「どこに隠してあんの?」
「僕の部屋の押入れの中。毛布がかけてある袋だよ」
 明人はうなづいて、優へのプレゼントを取りに行く。
 押入れの戸を開けて毛布をどけると、優の身長ほどもある大きなリボンのかかった袋がそこにはあった。
「…でかっ…」
 思わず声が漏れる。一体あの兄は何を買ったのだろうか。
 多少気になりつつも、明日になれば分かることだと、明人は推理を放棄した。押入れから袋を引きずり出して小脇に抱える。なんだか感触が柔らかかった。
 その感触を不思議に思いつつも、明人はそっと優の部屋の扉を開ける。
 廊下から差し込む光に淡く優のあどけない寝顔が照らされていた。耳をそばだてれば規則正しい寝息が聞こえる。
 明人はしのび足でそろりそろりと優の眠るベッドまで歩み寄った。ベッドの上に置くと優が蹴飛ばしてしまいそうなので、枕のある方に立てかけておく。
 これでよし。明日起きたらいくら優でも気付くはずだ。
 来たときと同じように静かに戻ろうとして明人が踵を返したその時、ベッド横の机の上に何かが置いてあるのに気がついた。
 少し興味をそそられて、明人は立ち止まってそれを見やる。それは半分に折りたたまれた画用紙で、上になっている部分には赤いクレヨンででかでかと、覚えたてのたどたどしい文字で「さんたくろーすさんへ」と書かれていた。
 ところどころ危うい文字に苦笑を浮かべながら、明人は画用紙を手に取る。
 その内容を見て、明人は目を見張った。

 ありがとー。ゆうからもぷれぜんと。ゆう

 短い文だが、一生懸命書いたのだろう。所々力が入ってるのが見て取れる。そしてその文の下には、サンタクロースだと思われる絵が描かれていた。
 もしかしてさっき、優はこれを描いてたのだろうか。
 顔を真っ赤にして自分を追い払っていた優の姿を思い出す。
 サンタクロースはいる。この間保育園でそう言ったことを、実はずっと考えていた。
 自分は正しかったのか。砕かれるためにある幻想を、あえて信じ込ませるこの行為が本当に正しかったのかと、ずっと疑問に思っていた。
 でも、少し、すっきりとした気がする。
 間違ってなかったと、思えた気がする。
「…ヘタクソ」
 ふっと笑みを漏らして、明人は画用紙を乱暴にポケットに入れた。


 居間に戻ると、直哉が柔らかな笑顔で椅子に座っていた。何故か、少しだけそのことに安堵する。
「おかえり、あっくん。ご苦労様」
「ん」
 ぶっきらぼうに返事をして、直哉の向かいの椅子に座る。そこに、細長い箱が目の前にすっと差し出された。
「はい、これ」
 疑問の視線を向けると、直哉は至極当然の顔で笑う。
「あっくんにもクリスマスプレゼント」
「……え、冗談」
「を言ってる憶えはないけどなぁ」
 呆然として言葉も出ない明人に、直哉は苦笑した。
「ユウちゃんにあげてあっくんにあげないわけないだろう?」
 まぁ、あまり大したものじゃないけれど、と付け加えた直哉に、明人は精一杯ふるふると首を横に振った。
「……すげぇ……嬉しい。ありがとう、兄貴」
 顔がほてっているのが分かる。だが、このことからだけは逃げてはいけない。
 恥ずかしさに耐えて顔を真っ直ぐ向けると、直哉はいつもと変わらない暖かい笑顔で「どういたしまして」と言ったのだった。


 次の日。いつも通りに起きた明人が洗面所から居間へ戻ると、直哉がキッチンで朝食の準備をしていた。
「おはよう、あっくん。ご飯できるから座ってて」
「ん」
 まだ完全に起きていない頭で椅子に座る。明人が欠伸をかみ殺していると、バタバタと慌しく優が起き出す音が聞こえた。
「にーちゃ、にーちゃっ!!」
 どたどたと騒がしく部屋から出てきた優に、明人は何気なく視線を向けた。
 そこには、可愛らしい巨大なテディベアが立っていた。
「………」
「さんたくろぉすがくれたのー! ちぃにーちゃん、みてみてみてーっ!」
 テディベアの脇から顔を覗かせて、優が満面の笑みで駆け寄ってくる。
 そうか、あの袋の中身はテディベアだったのか。
 明人は納得して、優に適当に相槌を打った。確かにテディベアの栗色の毛はふわりとしており柔らかそうだ。
「良かったなー、ユウ」
「うんっ!」
 優は破顔して、今度はキッチンの兄の下へとせわしなく駆けて行く。
 かすかに聞こえる直哉と優のやりとりを聞きながら、明人は微かに笑みを浮かべたのだった。

   ――fin.

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