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■ぼくらの基地はヨシの中■  □side-E□

 ぼくらはその後、どこに行くのかも決めないまま、とぼとぼと足を動かしてその場を離れた。誰も何も喋らずに、赤く染まる空の下をもくもくと歩いていく。
 気がつくと、見なれた小グラにたどり着いていた。イクヤがハンカチをぬらしに、水道の方に歩いていく。
 ここに来るまでずっと恐い顔でだまっていたハヤトは、地面をにらみつけたまま立っていたが、急にくるっときびすを返した。
「ハヤト、どこ行くの?」
「やっぱり、納得いかない。あいつらんとこ行ってくる」
 真剣な顔でそう言ったハヤトが、ヨシ野原に戻ろうとするので、ぼくはあわててハヤトの腕をつかむ。
「や、やめときなよハヤト! 今度こそけがしちゃうよ!」
 説得しようとするぼくの腕を、ハヤトは乱暴に振り払った。
「だって、悔しいじゃんかよ! おれらの基地だぞ! なんであいつらに取られなきゃいけないんだよ!」
 ハヤトはどなった勢いで、ぼくの胸ぐらをつかみ上げた。
「お前は悔しくないのかよ! 本当にこれでいいのかよっ!」
「おい、何してんだ!」
 どなり声を聞きつけたイクヤが、ぼくとハヤトの間に無理やり割り込んで押し離した。ぬれたハンカチがむきだしの地面に落ちる。
 ハヤトは肩で荒く息をしながら、ぼくをじっと見ていた。ぼくの目に、今さら涙がにじむ。
 なにも言わないぼくとハヤトを見て、イクヤがため息をついた。
「ここで言い合っても仕方ないだろ。とりあえず今日は家に帰ろうぜ。もう、六時だ」
 イクヤがそう言った少し後に、工場から六時のサイレンが鳴り響いた。サイレンが鳴り終わってから、ハヤトと同じ方向のイクヤは、ハヤトを促した。
「ほら、帰るぞ。じゃあな、アキ」
 半ばハヤトを引きずるようにして帰るイクヤを見送って、ぼくはもやもやした気分のまま、家に向かって歩き出した。


 家にたどり着いてからもぼくの気分はパッとしないままだった。どろだらけのぼくをいつものように母さんは怒ろうとしたが、今日はぎょっとした顔で、
「あんた、なんかあったの」
と、聞いてくるほどだ。ぼくは力なく首をふって、上着も脱がないまま、居間のソファに体を投げ出すように座りこんだ。
 そのままつきっぱなしのテレビをぼうっと見ながら、ぼくはいつの間にか、今日のことを思い出していた。
 ハヤトの言うことも、もちろんわかる。
 ぼくだって、悔しくないわけないし、これでいいとも思ってない。
 でも、現実、ぼくらは先輩に負けてしまった。『弱肉強食』って言葉があるように、力じゃ、ぼくらは先輩にかなわない。
 だから、仕方ないんだ。
 ぼくがやるせない気持ちでいっぱいになっていると、テレビの中の人たちが、やかましい笑い声を上げた。
 なんだよ、人が真剣に考えてる時に……。
 ぼくはテレビを消そうと、リモコンを手に取った。しかし、ぼくはふとその手を止めて、画面を見つめる。
 映っているのは、あまり見たことのないバラエティ番組だ。一人の男の人が、懐中電灯を片手に、真っ暗な部屋を歩いていく――つまり、肝試しの真っ最中。さっきの笑い声は、その肝試しの様子をモニターで見てる人たちのものらしい。
 ぼくはその番組を、しばらくぼう然と見つめていた。
 その時、急にスイッチが入ったように、ぼくの頭の中で豆電球が音を立てて光った!
 これ、もしかしたらいけるかもしれない!
 興奮したぼくが勢いよく立ち上がると、そばを通りかかったお姉ちゃんが、おどろいてコップに入った牛乳をこぼしてしまった。
「冷たっ…ちょっと、アキ!」
 ぼくはお姉ちゃんがどなるのもかまわずに、ばたばたと騒がしく二階に駆けのぼった。

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