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■ぼくらの基地はヨシの中■  □side-H□

 がさっ、がさっ。幾人かが草を踏み分ける音が、暗闇の中にこだまする。
 手に持った懐中電灯で照らされる足下は心許なく、その光さえのみこんでしまいそうな月明かりさえない暗闇に、懐中電灯を持つ手が、自分の意志とは関係なく震えた。
「ヒロぉ、やっぱり帰ろうよぉ」
 後ろでそんな情けない声がして、ヒロは自分の仲間、もとい、子分たちに向かって怒鳴り散らした。
「バカヤロウ、ここまで来て帰れるか!」
 とは言ったものの、正直、自分だって得体の知れないものは恐ろしい。ちゃんと実体のあるものにだったら、早々負けない自信はある。しかし、もしも本当に幽霊がいたならば、自分のこぶしなど無意味である。
 しかし、そんな情けない姿を子分たちに見せるわけにもいかず、ヒロは見得をきって、一番先頭を歩いていた。
 秋も近いというのに、今日の風はなんだか生ぬるい。海から運ばれてくる湿気でねとつくような風に不快感を覚えながらも、ようやく見えてきたヨシ野原に少しほっとする。
 しかしその時、ジジ、と不吉な音を立てて、懐中電灯の光が弱まった。
「な、何だよ……」
 彼らは不安げに懐中電灯を見つめていたが、何度かついたり消えたりを繰り返して、結局懐中電灯は消えてしまった。
「くそっ……電池切れかよ!」
 必死になってスイッチを何度もいれたり切ったりするも、一向に光が戻る気配はなく、ヒロは役に立たない懐中電灯を怒りにまかせて投げ捨てた。
「く、暗くてよく見えないよ、ヒロさぁん……」
「ビビんな! 行くぞ!」
 自身の感じる恐怖を怒鳴ることで紛らわせながら、ヒロはヨシの間の道に足を踏み入れた。
 なんだ、なにもないじゃないか……。
 半ばまで来たヒロがそう思った時、ヨシの間から、不気味な高い音が聞こえた気がして、ヒロはびくりと肩をすくませた。
「い、今、何か聞こえましたよヒロさん!」
「き、気のせいだ!」
 ヒロが怒鳴ったのと同時に、より大きく音が聞こえた気がして、彼らは瞬時に押し黙った。
 高い、フォン、フォーン、という、狭いすき間を風が通るような……もしくは、幽霊の泣き声のような、そんな不気味な音が、暗いヨシ野原に不気味に響き渡る。
 冗談じゃない、ただの空耳だ……ヒロは逸る恐怖心を懸命に抑え込もうとした。
「あっ、何か光った!」
 子分の一人が、いきなりヨシ野原を指さして叫んだ。皆は一斉にその方角を見やるが、何もない。
「な、何もないじゃねぇか! おどろ……」
 その時。
 怒りで子分の胸ぐらをつかみ上げたヒロの視界に、小さな光がちらついた。不気味な青緑色の光を放つそれは、ゆらり、ゆらりとヨシの間を漂っている。
「ひっ……!」
 人魂。得体の知れないものへの恐怖で、彼らは続く言葉を飲み込んだ。心臓がばくばくと音を立てて波打つ。
 彼らは暗闇の中、浮遊する人魂を見つめていたが、その光は音と共にふっと止んだ。同時に、何かが破裂するようなパンパンパンという音が、連続して彼らの近くで鳴り響く!
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」
 極限状態にまで張りつめていた緊張の糸が切れ、彼らはすさまじい叫び声を上げながら、その場から我先にと、脱兎の如く逃げ出して行った。

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