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■土曜日のないしょばやし■

 それは、春のやわらかな日差しがあたたかい、土曜日の午後のことでした。
 小さないなかの小学校で、カオリ先生は実習で教えるおかしを作っていました。クッキーとパイをオーブンに入れてしまうと、先生はいくつかの本の中から、「ふしぎの国のアリス」を選んで読み始めました。
 先生はこの本に出てくる、いかれぼうし屋のお茶会が大好きでした。そのおかげで先生は、おかし作りがたいそう上手な、家庭科の先生になったのでした。
 さて。先生が本を少しばかり読み進めたころです。まどの外を、先生のクラスの女の子が二人、かちゃかちゃ音を立ててかけてゆくではありませんか。
「ユミちゃーん、リカちゃーん。どこに行くの?」
 まどを開けて先生が声をかけると、二人はまっ白なお皿を手にくすくす笑って、
「せんせいには、なーいしょ」
と言いながら、裏の林にかけて行くのでした。
 お皿を使って、おままごとでもするのかしら。たのしそう。と先生は思いました。


 それから本をまた少し読み進めたころです。
 今度は、白い大きなシーツにまとわりつくように、男の子が三人、林のほうにかけて行くのが見えました。
「ケイタくーん、ショウくーん、ジュンちゃーん、なにしに行くの?」
 先生がまどからたずねると、ケイタくんとショウくんは笑いながら、
「せんせいには、ないしょ」
「ないしょー」
と、言うのでした。ジュンちゃんは、大きなシルクハットで顔をかくしながら、けたけた笑っていました。
「ジュンちゃん、そのおぼうし、とってもすてきね」
 ジュンちゃんはシルクハットから口だけのぞかせて、にいっ、と笑うと、二人の後に続いて走って行きました。
 シーツとシルクハットだなんて、マジックでもするのかしら。先生は大きすぎるジュンちゃんのぼうしを思いだして、くすりと笑いました。


 それから、さらに数分後のことです。
 遠くから「よいしょ、よいしょ」という子どもたちの声が聞こえたので、先生はまどから顔を出して、声のするほうを向きました。
「まぁ!」
 先生はびっくりしました。自分のクラスの男の子たちが、なんと九人がかりで大きな大きな木のテーブルを運んでくるのです。
「みんな、それ、どうするの?」
 先生がたずねると、一人だけ先を歩いていたマサくんが、ぜえぜえ息をするみんなのかわりに答えました。
「せんせいには、ないしょなんだぜ」
 マサくんの答えは、さきほど会った子どもたちといっしょです。
「ユミちゃんとか、ジュンちゃんといっしょにあそぶの?」
「そうだよ…あ、これもないしょだった」
 マサくんはあわてて口をおさえると、数歩先に進んで、右手を高くふり上げました。
「しゅっぱつだ、やろうども。つくえをもてーい」
 のこりの八人はひいふう言いながら、重たいテーブルをもちあげました。
「ねぇ、マサくんもテーブルをもつのを手つだったら?」
 先生がマサくんにそう言うと、マサくんはぶんぶんと首をふりました。
「おれは、せんちょうなの。せんちょうはああしろ、こうしろっていうのが、しごとなんだぜ」
 マサくんは、えらそうにむねをはってそう言うと、テーブルのふねをしたがえて、林のほうに歩いて行きました。


 どうやら先生のクラスの子どもたちは、ほとんどが学校の林に集まったようでした。
 お皿にぼうし、シーツとつくえ。なんだかアリスのお茶会のようじゃありませんか。
 よーし、ちょっと見に行ってみよう。先生は本を閉じて、いそいそと林に向かいました。
 学校の裏にうっそうとしげる林は、どんより暗いふんいきでした。先生は足もとの草をさくり、さくりとふんで進みますが、いっこうに子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてきません。先生はだんだん不安になってきました。
 ふいに、草むらからなにかが飛び出してきて、先生のかたにぴょんと乗りました。
「きゃあっ」
 先生がびっくりしてかたを手ではらうと、ぽとり、と一匹のカエルが地面におちました。
(なんだ、カエルかぁ)
と先生は思いましたが、すっかり一人でいるのがこわくなってしまいました。
 先生が子どもたちの名前を呼ぼうとしたときです。
「こっちだよ、こっち」
 聞きなれたケイタくんの声がしたので、先生はほっとして、声のほうを向きました。
「ばぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜!!」
「きゃぁぁぁ!!」
 とつぜん、木々のあいまからたくさんのおばけが出てきました。すっかりおどろいた先生は、地面にぺたりと座ってしまいました。
「あれ? せんせい?」
「え? なんでせんせいがいるの?」
 ふしぎそうにそう言いながら、子どもたちはシーツの中や、立てたテーブルのはしから次々と顔をのぞかせました。
「みんな……なにしてるの?」
「おばけやしきごっこー」
「あたしとリカちゃんはねぇ、いちまーい、にまーいってやるおんなのひとなの」
 ユミちゃんが白いお皿を片手に言いました。テーブルはぬりかべ、シーツはおばけ。
「じゃあ、ジュンちゃんのおぼうしは?」
「ドラキュラー」
「ぼうしからこうもりだすんだよ!」
 けたけた笑うジュンちゃんとケイタくんのとなりで、リカちゃんが首をかしげました。
「それって、てじなする人じゃないの?」
「あれ?」
 同じように首をかしげたジュンちゃんがおかしくて、先生は思わず笑ってしまいました。
 なぁんだ、お茶会じゃなくておばけやしきかぁ。そこでふとふしぎに思って、先生はマサくんに聞きました。
「ところで、だれがお客さんの役だったの?」
「カヨなんだぜ」
「カヨちゃん、おそいねー」
 先生は、カヨちゃんがお客さんだと聞いて、少し心配になりました。
 カヨちゃんは、さいきん先生のクラスに転校してきたばかりの女の子です。とてもおとなしい子で、なかなかまわりのお友だちになじめないようでした。
 そんなカヨちゃんですから、もしお客さんなんてやったら、きっと先生よりもびっくりして泣きだしてしまいます。
 先生は困って考えました。おばけやしきごっこをしかることはできませんが、みんなが仲良くなる方法が他にある気がするのです。
「せんせー?」
 ふしぎそうな顔をしたジュンちゃんのぼうしを見て、先生はいいことを思いつきました。
「ねえ、おばけやしきごっこもたのしいけど、せっかくだからみんなでお茶会にしない?」
「お茶会?」
「おやつあるー?」
 先生がうなづくと、子どもたちの目がきらきらと期待にかがやきました。
 先生はまず、立ててあったテーブルを元にもどして、上にシーツをかけました。そして子どもたちと甘いかおりのする家庭科室に行くと、紅茶や食器をみんなで運びました。
 ちょうどクッキーとパイが焼きあがったころ、カヨちゃんが半べそで林に入ってくるのが見えました。
「あ、カヨちゃんだ」
「やっときたー」
 子どもたちに気づいたカヨちゃんは、あやまりながら走ってきました。
「おそくなってごめんなさい……うわぁ、すごおい」
 泣きそうだった顔は、テーブルの上のおかしを見たとたんにパッと明るくなりました。
「みんな、まっててくれたの?」
 みんながうなづくと、カヨちゃんはうれしさでほっぺを赤くしながら、
「ごめんなさい、ありがとう」
と、言いました。目が合ったマサくんはてれくさそうにそっぽを向いてしまいました。
「それじゃ、食べましょうか」
 先生がうながすと、みんなは手をあわせて大きな声で言いました。
「いただきまーす!」


 午後四時のかねが鳴って、お茶会はお開きになりました。
「みんな、気をつけて帰ってね。さようなら」
「さようならー」
「ばいばいせんせー」
 子供たちは口々に先生にお別れを言って、きゃっきゃとはしゃぎながら帰ります。
「おかし、おいしかったねぇ」
「おれはお茶会より、おばけがよかったぜ」
「マサくんいっぱいたべてたじゃーん」
「あ、カヨちゃんこっちなの? いっしょにかえろー」
 子どもたちのたのしそうな声が聞こえなくなるまで、先生は校門のところに立っていました。空は今日のカヨちゃんのほっぺのように、まっ赤にそまっていました。

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