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■神様と過ごした三日間■  □side-A□

 午後五時を告げる鐘が街に鳴り響いた。
 徐々に賑わいはじめるふもとの屋台の群れを背に、ユタカは山の神社へと続く石段を登っていた。ボロボロに傷ついたランドセルの中で、筆箱だとか給食袋の中の箸だとかが、かっちゃかっちゃと音を立てた。半そでから出る腕を撫でる風は心なしかひやりとしており、山の木々も盛りを過ぎて、秋がそこまで迫っていることを嫌でも実感させられた。
 長い石段を登り切ると、赤い小さな鳥居と、その奥に木造の古めかしい拝殿が見えた。石畳の道を通り鳥居をくぐると、かすかに空気が引き締まったような気がした。
 ユタカは少し一休みしようと、拝殿の方へと歩いた。手水舎の前を通り過ぎた時、拝殿の石段に座る先客に気がついて、ユタカは思わず足を止めた。
「誰?」
 ユタカがその場から動かずにたずねると、青年はわずかにうつむけていた顔を上げた。
「人に聞く前に、まずは自分から名乗ったら?」
 よく通る声で少年が言った。その偉そうな言い方にユタカは少しむっと来たが、好奇心には勝てずに素直に名乗った。
「ユタカ」
「そう、ユタカね。ぼくはクグノチ……」
「は?」
 目を丸くしたユタカに、少年は改めて言い直した。
「久々能智神(くぐのちのかみ)。ここの神様だって言ったら、君は信じる?」
 いたずらっぽくそう言った少年を、ユタカは「まさか」と言うような目で疑わしげに見つめた。
 夕日のせいでオレンジ色に輝く黒髪に、切れ長の瞳。白いTシャツの上には赤いチェックのシャツをはおっており、はき古されてところどころ色落ちしたブルージーンズと黒いスニーカーをはいていた。歳は、少なくともユタカには、今年高校受験の従兄と同じぐらいに見えた。
 どう見ても神様には見えない。
 ユタカは半信半疑ながら、とりあえず彼にたずねた。
「なんでカミサマがここにいるの?」
「今日から三日間お祭りでしょ。ぼくを祭るんだもの、ちょっと遊びに来たっていいじゃない」
「でも、その格好……」
「キミたちに合わせてあげたんだよ。なかなか似合うでしょ?」
 秋の深緋色のシャツを示しながら、彼は堂々とそう答えたが、ユタカはまだ納得のいかない顔だ。
「えっと、クグ…何だっけ」
「久々能智神。ちなみに木の神様。ここは紙の街だからね」
「えーっと…」
「クグノでいいよ、ユタカ」
 にっこりと笑って、略称まで教えてくれた。
「ぜんっぜん神様に見えない」
 ユタカが正直にそう言うと、彼は澄ました顔でひらひらと手を振った。
「信じる信じないはご自由にどうぞ。ぼくが何を言ってもどうせ信じないだろうからね」
 そう言われると、なんだか信じない自分が悪い気になってしまう。
 ユタカは困惑してしばらく視線をさまよわせていたが、やがてあきらめてため息をついた。
「とりあえず信じることにする」
 しぶしぶそう告げて、ユタカはクグノと名乗った青年の隣に座った。クグノはけらけらと神様らしくない笑い声をあげた。
「ところで、こんなところまで登ってくるなんて珍しいじゃない。お参りはみんな、ふもとの境外社で済ませちゃうのにさ。何しに来たの?」
 クグノの問いに、ユタカは心臓がドキッとした。つい、後ろのランドセルを気にしてしまう。それがばれないように、ユタカはクグノから目をそらした。
「ちょっと散歩に来ただけだよ」
 クグノはふーん、とうなづいたが、ユタカを見る目は本当に? と問いかけているようだった。
 ばくばくと心臓が波打つ。ユタカは勢いよく立ちあがると、飛ぶように石段を下りた。クグノは石段に座ったまま、静かにユタカを見下ろしている。
 背中に注がれるクグノの視線をひしひしと感じながら、ユタカはわざと明るい声で言った。
「おれ、今日はもう帰る! クグノ、明日もいるの?」
「え? うん」
「じゃ、また明日!」
 クグノが呼び止める間もなく、ユタカは手を振って石畳を鳥居の方へ駆けていった。
 神社に一人残されたクグノは、その後ろ姿を怪訝そうな顔で見つめていた。

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