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■Selenite episode1〜HARUNIRE〜■ □side-A□

 空は、見事な快晴だった。雲一つ無く、風も穏やかで、到底雨など請うても降らなさそうな天気である。
 そんな空を見上げて、少年は溜め息をついた。通っている高校の帰り道なので、服は真っ黒な学生服。茶色く脱色された髪は少し長めでツンツン立っており、耳には意味不明な文字が刻まれたイヤーカーフをつけている。その突っ張った容姿とは反対に、顔立ちは、目付きこそ鋭いが、比較的穏やかな表情をしていた。
 周りは数えきれない程の人、人、人。そして、その人々を押し潰してしまいそうな圧迫感をかもし出している高いビルの群れ。その合間から見える空は、まるで切り取られて額縁に入れられたみたいだった。
 一体何処から、こんなにたくさんの人が集まるのだろう――ふと、少年はそう考える事がある。だがそんな事を考えても、自分で納得の行く答えが出せるわけもなく、少年はただぼんやりと、人の波を見送ることしかしないでいる。

 リンッ。

「シンルゥ」
 幾重もの鈴の音と共に、澄んだ明るい声が彼を呼んだ。少年――神崎流琉(かんざきながる)は、声のした方へ振り向く。そこには、彼を満面の笑みで見上げている女の子が一人いた。
 長く、くるくるとウェーブのかかった砂色の髪を、横だけ赤いぼんぼんで結い上げている。幾重もの鈴の音は、そのぼんぼんから垂れ下がった二対の赤いリボンの先の鈴が、髪と共に跳ねて鳴っているのだろう。赤い蝶ネクタイのチョーカーに、白いブラウス。黒いふわふわのスカートに、灰色のハイソックス。足元は黒いローファーで、羽根をあしらった側面の止め具が可愛らしい。くりっとした青い目が純粋にキラキラと光っていた。
 ちなみにシンル、とは流琉のあだ名――仕事上のコードネーム――で、名字と名前を一文字ずつ取って神流、である。
「ヴィニ」
 流琉は、その見知った少女の名を呼んだ。ヴィニ・シェパルド。それがこの幼き外国人の名前である。
「シンル、珍しかりしね?人に埋もれつ」
 満面の笑みから発せられた言葉は奇怪だった。が、意味はつかめたので、流琉はとりあえず答える。
「寄る所があって」
 説明としては不足だ。が、彼はこの言葉だけで全て話したつもりらしく、満足そうな表情だ。ようするに、流琉は口下手だった。
 するとヴィニは流琉を見上げて、かくりと小首を傾げた。その動きに合わせて、リンッ、と鈴が鳴る。
「ヴィニ必須?」
「…多分」
 流琉が答えると、ヴィニは嬉しそうににんまりと笑って、横断歩道に足を伸ばした。
「おい」

 ガシッ。

 流琉は慌ててヴィニの襟首を掴んで、すんでのところで引き止めた。そのまま軽々と目線の高さまで持ち上げて、じっとその目を見る。不思議そうに、ヴィニが首をかしげた。
「う?」
「赤信号だろ」
 憮然とした顔で流琉が注意すると、ヴィニは首をかしげたまま言った。
「シンルもわたる?」
「渡らない」
 そこで、信号が赤から青に変わった。懐かしいような電子音の音楽が、小さく黄色いスピーカーから流れる。それを合図にヴィニがぴょんと横断歩道に降り立って、ぱたぱたとゼブラ模様の上を真ん中ぐらいまで駆けて行った。

 リンッ。

「シンルはやくー。カバのように」
「…カバって速かったっけ…」
「カメのように」
「もっと遅いだろ…」
 そんなやり取りをしながら、流琉とヴィニは横断歩道を渡った。
 嘘のように快晴だった空に、ふと影が差した。

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