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■Selenite episode1〜HARUNIRE〜■ □side-B□

「…なんでこうなるかな」
「水がぱたぱたなってきもちいのですー」
 二人は、都心から程遠い吹きさらしの野原の、中央に生えている大きな木の下にいた。そこが、流琉の言っていた寄る所なのかと聞かれれば、答えは否。では、何故こんな所にいるのか――それは、天気を見ればすぐにわかる。
「降水確率なんて、嘘だな。今日0%だった」
「しょせんまやかしの産物なのですー」
 いや、実際当たる確率の方が高いのだから、まやかしではないと思う。
 流琉は溜め息をついて、雨の降りしきる空を見上げた。広葉樹である木の葉は大きく、豊かに広がっているため雨を防いでくれる。だからこの下にいる限り雨にあたる心配はないが、それは同時に、流琉たちがこの場から一歩も動けないという事でもあった。
 降りしきる雨は勢いを弱めるどころか、ますます強くなっている気がする。止む気配の無い雨に流琉は悄然と肩を落とした。この調子だと、バイト先につくのが確実に遅れてしまう。
 流琉のバイトは、手先の器用さを生かした修理屋だ。ちなみにヴィニは、雇われている派遣修理屋の店長から、パートナーに指定された“同族”だ。あくまで会社は修理に人を斡旋するだけ。あとは修理屋の腕次第という非常にいい加減な会社だが、いい加減な分、修理費はそのまま自分が貰え、会社には月一で一定の斡旋料を払えば良いだけ。親元を離れ一人暮らしをしている流琉にとって、このシステムは非常に便利だった。時にはヴィニが逆に物を壊して報酬すら貰えない時もあるが、それはいつもより多く仕事を斡旋してもらってなんとかカバーしている。
 流琉の通う高校からここまで来るのにも大分時間がかかった為、今の時刻は予定の午後三時を大幅に過ぎ、もう少しで四時になるところだ。流琉は仕方なく依頼先に携帯電話から電話をかけ、今日は大分遅れてしまう事を告げた。
 ヴィニは何が楽しいのか、時折防ぎきれなくて落ちてくる雨水の雫を手で受けている。はしゃぐその姿をぼーっと眺めながら、流琉は一つ溜め息をついた。
「お兄ちゃんたち、ここで何してるの?」
 背後から、高い舌足らずな声がかけられた。流琉とヴィニが振り返ると、そこにはヴィニと同じぐらいの、黒髪豊かな女の子が、大きなバスケットを胸に抱えて立っていた。片手には水滴の滴る傘があるから、丁度今来たのだろう。
 流琉が女の子の質問に答えようとして、しかしそれは横を素早く通り抜けたヴィニに遮られた。
「わーい、ふるーてぃーなかおりー」

 リンッ。

 ヴィニは嬉々として、女の子の抱えるバスケットに飛びついた。女の子は驚いて後退するが、ヴィニは構わずにバスケットを掴んでそのふたを開ける。
「こら、ヴィニ!」
 慌てて流琉がその肩を掴むが、時すでに遅し。ヴィニはその小さな手に赤い物をつかんで、バスケットから出した。
「いちごごごー」
 そう言うや否や、赤く熟れた大きな苺に嬉しそうにかぶりつく。流琉は脱力して、呆然としている女の子に、申し訳なさそうに謝った。
「御免、その…食べちゃって」
 女の子はハッとして、ふるふると首を振った。
「いいの、ここでおやつ食べようと思っただけだから」
「ここで?」
「木の下木の下、雨なのに物好きねー」
 何気ないヴィニの言葉に、女の子はきゅっと唇を引き結んだ。ふるふると小さな肩が震えて、うつむいてしまう。
「…えっと……」
 流琉が戸惑っていると、女の子はふっと顔を上げた。大きな瞳一杯に涙をためて、何かを堪えるように流琉の目をじっと見つめる。
「……えーと……」
 困って流琉がヴィニを見やると、ヴィニは眉を寄せて、
「シンル、ダメね。女の子泣かせるなんてサイテー」
「いや、そういうことじゃなくて」
 思わず突っ込んでから、流琉は困ったように女の子を見る。女の子は我慢しきれなくなったのか、嗚咽を上げて泣き始めた。つるつるした頬を涙の粒がとめどなく滑り落ち、雨の当たらない湿った地面に溶けていく。
 流琉はどうしたもんかと雨の降りしきる空を見上げてから、女の子の目線に合うようにしゃがんだ。女の子の目を真直ぐと見て、首をかしげる。
「…どうした?」
 戸惑いを含んだ優しい声音に、女の子は目をギュッと瞑って泣き続けた。

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