■Selenite episode1〜HARUNIRE〜■ □side-E□
昔、一本のハルニレが生えていた草原の教会で、とある二人の男女が結婚式をあげていた。
ハルニレが生えていた場所に、純白のウエディングドレスを着た花嫁が立っている。花嫁は風に撫でられる草を見つめながら、懐かしい記憶に思いを馳せていた。
「――そういえば、名前、聞かなかったな」
ふと思い出して、花嫁は風に溶ける声で呟く。
遠くから、純白の背広を着た花婿が、彼女を呼んだ。
「そろそろ式が始まるよ、ハルナ」
「はい、今行きます」
花嫁は答えて、もう一度木のあった場所を見た。
そこに懐かしい人影が見えた気がして、花嫁は目を見張る。
「お兄――」
「ハルナ、何をしているんだ?皆待ってるんだぞ?」
花婿の声にはっと振り返って、花嫁はもう一度だけ木のあった場所を見た。そこには何もなく、ただ風に吹かれて、草が揺れるだけだった。
「誰かいたのか?」
「…えぇ、見えた気がしたけれど、きっと気のせいだわ。
さぁ、待たせてごめんなさい。行きましょう」
花嫁は幸せそうに微笑んで、花婿の手を握った。その左手の薬指に、『HARUNIRE』と内側に刻まれたシンプルな木の指輪をはめて。
――fin.
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