kazameigetsu_sub-signboard はじめに メンバー 文章 イラスト 手仕事 放送局 交流 リンク

■Episode-Christmas at 2006■ □side-A□

 寒い日だった。空には灰色の雲が垂れ込め、この調子なら今日は雪が降るかもなぁ、と、商店街を歩きながら神崎流琉(かんざきながる)は考えていた。
 茶色く脱色された髪、目つきの悪い黒い目はとても善良な人には見えない。普段着であるラグランティーシャツ、ジーパンの上には、ダウンジャケットを着てマフラーを巻いている。ポケットに突っ込んだ手は、特になんの意味もなく入っている携帯電話に触れていた。
 飾り立てられた店先を眺めて、流琉はため息をついた。街はすっかりクリスマス色がピークに達しており、街灯や軒先、寂れたアーケードにまでイルミネーションが施されている。夜に見たらもっと綺麗に映るのだろうが、昼間の明るい時に見ると、何だか妙な虚しさを覚えてしまう。
 流琉にクリスマスは関係なかった。別にクリスチャンなわけでもないし、一人暮らしなので共に過ごす家族もいない。恋人などは言わずもがなだ。
 なので、流琉にとってクリスマスなど普通の日でしかなかった。
 そんな普通の日をどう過ごそうか流琉が考えていると、ポケットの中で携帯電話が音を立てて振動した。取り出して画面を見ると、見知った電話番号と名前が表示されている。流琉は通話ボタンを押した。
「はい」
『やっほーシンル! クリスマスブルーに陥ってたりはしないかい!?』
 スピーカーから聞こえてきたテンションの高い軽やかな声に、流琉はなんとも言えない複雑な顔をする。
「……チヅルさん」
『何かね』
「クリスマスブルーってなんですか?」
『あぁ、それはだな、独りぼっちのクリスマスを送る人間の精神的鬱状態のことさ。ちなみに名づけたのはこの僕』
「………」
 そのセンスと発想に、流琉はなんと返していいか分からなかった。分からなかったので、
「チヅルさんはクリスマスブルーとは無縁そうですね」
『皮肉かね?』
「………」
 そういえばこの間、女の子に思い切り張り手をぶちかまされたばかりだった。
 そういうつもりではなかったのでどう言い訳しようか流琉があたふたしていると、電話口の声はカラカラと笑い声を上げた。
『冗談だ。さて、こんな時期なのだが緊急の依頼が一つ入ってな。どうせ暇だろう、引き受けてくれ』
 彼の言うようにどうせ暇である。
「分かりました」
『さすがシンルだ。じゃあ、書類は用意しておくからこっちに来てくれ。また後でな』
 通話を終えてから、流琉はふと考えた。
 今の『さすが』の意味はなんだ。
 携帯電話に思わず渋面を向けて、流琉は一つため息をついた。

【戻る】  >side-B

Copyrights © 2004-2019 Kazameigetsu. All Right Reserved.
E-mail:ventose_aru@hotmail.co.jp
inserted by FC2 system