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■Episode-Christmas at 2006■ □side-B□

 さすがにクリスマスとなると、あまり病院に来る人はいないようだ。
 いつもより閑散としている病院の前に立って、流琉は一度何気なく建物を眺めた。
 泥で汚れたコンクリートの壁。雑草の生い茂る庭先、門の前に掲げられた看板には、『よろづ診断承ります。イセヤクリニック』と書かれている。
 相も変わらず怪しい雰囲気をかもし出している病院を見て、流琉は一人納得した。
 これだからいつも閑散としてる病院がさらに寂しく見えるんだな。
 うんうんとうなづいて、流琉は院内に足を踏み入れた。
 外見とは裏腹に、中は至って清潔に保たれていた。床は輝くほど磨き上げられ、ビニール張りのソファも蛍光灯の白い光を反射している。受付のカウンターのところでは、清潔そうな白衣を着た女性がカルテの整理をしていた。
「サキさん、こんにちは」
 受付に歩み寄って流琉が声をかけると、看護士、菅原早希(すがわらさき)はカルテ片手に振り向いた。
「あら、シンルくんじゃない! 久しぶりね」
 可憐な花のようにふわりと笑いかける早希に、流琉は思わず身を固くする。
「今日はどうしたの? 診察?」
「いや、仕事で……」
「あ、『セレナイト』の方ね。先生なら今診察室にいるわ」
「ありがとうございます」
 軽く一礼すると、流琉は受付の横を抜けて診察室の扉をノックした。
「はい、どうぞー」
 中から軽やかな声がかかる。
 扉を開けると、そこには椅子に座った白色の髪の青年と、床に広げた積み木で遊んでいる女の子がいた。
「あ、シンルだー」
 積み木を奇怪な形に積み上げながら、女の子はぱっと顔を輝かせた。ゆるくウェーブのかかった髪を、横だけ鈴のついた赤いボンボリで結っている。きらきらと輝くラピスラズリの瞳は丸く大きく、一点の曇りなく澄み切っていた。
「やぁ、遅かったね」
 今度は奥で椅子に座っている青年が声をかけた。商店街での電話と同じ声は、しかし電話で聞くよりも軽やかではっきりしていた。肩ぐらいまである髪は本人曰く銀髪らしい。楽しそうに細めた瞳は赤みがかった黒。ワイシャツの上にはよれよれになった白衣を羽織っており、童顔で華奢な彼にはあまり似合っていなかった。
 青年の何気ない一言にむすっとした顔をしながら流琉は返す。
「これでも早い方なんだケド」
 商店街からこの診療所まで、優に一キロ離れているのだ。その道のりを十分足らずでここまで来たのだから、少なくとも遅くはない。
 流琉の表情からその訴えを読み取ったのか、青年、伊勢屋千鶴(いせやちづる)は苦笑交じりに手招きをした。
「まぁ、とりあえず入っておいで。外は寒かったかい?」
「それなりに…」
「あーっ、シンルダメーッ!!」
 言いながら足を踏み入れた流琉を女の子が慌てて立ち上がって止めた。
「?」
「ここはヴィニのお城なのです! シンルが壊してしまうからダメなの!!」
 あの積み木は城だったらしい。
 そんなことに驚く暇もなく、女の子はぎゅうぎゅうと流琉の身体を押し出そうとしてきた。
「ヴィニ」
「ヴィニじゃないもん。ヴィニはいまマゼッタちゃんなの!!」
「………」
 そう言われても、自分でヴィニだと名乗っている。
 どうしたものかと流琉が困り果てていると、それを見かねた千鶴が苦笑して女の子に声をかけた。
「ほらヴィニ、こっちにおいで。シンルを通してあげよう」
「やーだー!」
「チョコあげるから」
「チョコ!!」
 チョコの一言にぴょこんと飛び跳ねて、女の子、ヴィニ・シェパルドはあっさりと道を譲って千鶴に飛びついた。板チョコを与えられて大人しく膝の上に座るヴィニに、流琉は一つため息をつく。
「今度からはチョコレートを持ってくるよ」
「あっはっは、是非そうしたまえ!」
 千鶴は笑って、もう一度流琉に手招きをした。
「まぁ、とりあえず座ってくれ。何か飲むかね?」
 患者用の椅子に座りながら首を振った流琉にそうかと返して、千鶴はデスクから取り出した封筒を流琉に渡した。
「それが頼みたい仕事だ。品は置物らしいが、詳しいことはわからん。依頼主に直接確認してくれ」
 流琉の仕事は修理屋だ。正確に言えば修理代行派遣員、というもので、さらに言えば流琉は高校生なのでアルバイトである。
 仕事の紹介は社長の千鶴がする。千鶴が直接会ったり電話などで来た依頼を各派遣員に回してやってもらうというシステムらしい。
 仕事の内容が書かれた書類に目を通して流琉がうなづくと、千鶴はさらに説明を続けた。
「時間指定は『今日中』とのことだが、出来るだけ早く、だそうだ。用意が出来次第、依頼人の家へ直接向かってくれ。地図はその中に入ってる」
 封筒の中を確認して、流琉はまたうなづいた。早速行こうと立ち上がったが、千鶴が何かを思い出したように声を上げたので歩を止めた。
「思い出した」
「?」
「シンル、今日はヴィニも連れていってくれ」
 笑顔でヴィニを抱きかかえて差し出した千鶴に、流琉は疑いの眼差しを向ける。
「……何かたくらんでます?」
「何もたくらんでないよ。必要だと思ったからさ」
 千鶴がそう言うならそうなのだろう。流琉はうなづいて了承した。
「よし。ヴィニ、行っておいで」
 床に下ろしたヴィニの頭を撫でて、千鶴は流琉に目線を戻した。
「じゃあよろしくね、シンル」
 流琉はもう一度うなづくと、飛びついてくるヴィニを伴って、診察室を後にした。

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