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■Episode-Christmas at 2006■ □side-C□

「ここだ」
 地図を頼りにたどり着いた家の前で、流琉はそう呟いた。後ろをついてきていたヴィニが目を輝かせながら歓声を上げる。
「おぉ〜!! おっきいおうち!!」
「一軒家だ…いいなぁ……」
 そうボソリと呟く流琉の家は、今住んでいる住居も親のいる家も狭くて古いアパートである。
 それに比べると、依頼人の家は相当豪華に見えた。
 町の郊外とはいえ、庭付き一戸建てである。ほどよく手入れされた庭は、きっと春になったら色とりどりの花を咲かせるのだろう。家は二階建てで、壁の塗りなども綺麗に保たれている。
 とりあえず玄関の前まで来て、流琉は表札を確認した。『岬』。書類の名前と一致している。流琉はインターホンを押した。
「シンル、ヴィニも押すー!」
「ダメだ」
 それではイタズラになってしまう。
 ヴィニがぷっくりと頬を膨らましてすねると、重い音を立てて扉が開いた。
「はい……誰?」
 出てきたのは小柄な少女だった。多分中学生だろう。黒い髪は短く、服はボーイッシュな長袖のポロシャツにジーパンをはいている。黒く大きな瞳は警戒心に細められていた。
「岬…香也(かや)さん?」
「そうだけど…誰ですか?」
 依頼主が子供だったことに軽く驚きつつも、流琉はぺこりと頭を下げた。
「『セレナイト』です。俺は神崎流琉、こっちは……」
「マゼッタちゃん!」
「…ヴィニです」
 香也は唖然と二人を交互に見たが、納得したように手を打った。
「あ、修理屋さん。若いんだね」
「俺はバイトで…ヴィニはついてきただけで」
 後ろですねているヴィニにちらと目配せをすると、ヴィニはぷいっとそっぽを向いた。
「…すいません、すねてるみたいで」
「え、何で?」
「多分…インターホン」
「は?」
 流琉はそれだけ言うと、ヴィニを後ろから抱き上げた。
「う?」
「ほら」
 流琉がそのままインターホンの前にヴィニを抱えあげると、ヴィニは嬉々としてボタンを一押しした。
 ピンポーン。
「は? え?」
「うふふー、押した!」
「気、済んだか?」
「うん!」
 地面に下ろされて満足げに笑うヴィニを香也は呆気にとられた顔で見ていたが、はっと我に返るとドアを大きく開けた。
「と、とりあえず、中入ってよ」
「お邪魔します」
「おじゃましますー」
 招かれて中に入ると、綺麗に掃除されている廊下が目に入った。香也に案内されて通された居間には、無残に壊れた天使の置物が置かれていた。
「これが?」
 流琉が尋ねると、香也はこくりとうなづいた。流琉は黙って置物を細かく見ていく。
「…直る?」
「うん、直す」
 細かいところをチェックしながら流琉はそっけなく返した。
 流琉は修理屋である。依頼が回ってくれば出来うる限りの修理はするし、自分の手に負えるものでなければより専門の修理派遣員に回すのが仕事だ。
 天使の置物は陶器で、羽根と足、あと所々がかけていた。コレぐらいなら自分にも直せそうだ。
 一通り見た流琉は一人でうなづくと、カバンの中から書類を取り出して所々書き込むと、香也にくるりと回して指で示した。
「ここを読んで確認して、サインをお願いします。時間は後で計って。依頼料は後で」
 香也は言われるがままに書類を読むと、一番下にボールペンでサインをした。
 チェックしてカバンに書類をしまった流琉は、ストップウォッチを香也に渡す。
「一応、依頼人立会いの下っていうのがルールだから…時間計って」
「分かった」
 香也はストップウォッチを受け取ると、スイッチを押した。流琉は同時に、カバンから道具を取り出して作業にかかる。
「シンルー、遊ぶかっ!?」
「遊ばない」
 飛び掛ってくるヴィニを上手くかわしながら、流琉は着々と準備を進めていく。
「あの、ナガル…さん?」
「ちがうの、シンル!」
 ためらいがちに声をかけた香也に、くるっと振り向いたヴィニがすかさず訂正を入れた。
「シンル?」
「俺のあだ名。好きに呼んで」
「絶対シンル!」
 視線はカバンの中に向けたままそっけなく言った流琉と、険しい顔でそう言い切るヴィニを見比べて、香也は戸惑いながらも流琉に視線を戻す。
「えーと…シンルさん、なんか手伝えることってある?」
 流琉はカバンをあさりながら少し考えると、白い陶器の塊を取り出しながらちらりとヴィニを見た。
「…じゃあ、ヴィニが邪魔しないように見てて…」
「じゃましないもーん!」
「それが邪魔だ」
 工具を勝手に弄るヴィニの手をぺちっと叩いて流琉は言った。ヴィニはぷくーっと頬を膨らますと、香也にてこてこと駆け寄った。
「もーいーもん! カーヤ、あそぼっ!」
「は? え?」
「頼んだ」
 あっさりと手を振る流琉に、香也は戸惑いながらもヴィニの相手をし始める。
 流琉はヴィニを任せて、そそくさと作業に取り掛かった。
「ねー、カーヤはさー、どーしてあれべこばきにしたの?」
「え? …あ、どうして壊したかってこと?」
 陶器の破片を砕きながら、流琉は背後の会話に何気なく耳を傾ける。
「んー、そうだなぁー…お母さんとケンカしたんだ」
 ポツリポツリと、香也は話し始めた。
「うちね、お父さんもお母さんも仕事忙しくてさ。でも、今日は一緒にいてくれるはずだったの」
 誕生日なんだ、と香也は笑った。
 ずっとずっと前から、せめてこの日だけでもと、休みを取ってもらっていた。
「でもさー、お父さんもお母さんも、仕事が入っちゃったわけ」
 二人とも次の日まで帰ってこない、と朝になって聞かされた。
「だからさ、わたし、キレちゃったんだよね。急な話だったし」
 それで母親と口論になって、母の大事な置物を壊した。
「壊してすぐはさ、わたしも怒ってたから、いいやって思ってたんだけど」
 後で冷静になって、置物が壊れた瞬間の、母の悲痛な顔が頭に浮かんだ。
 それで慌てて、なんとか母が帰ってくる前に直してもらおうと思ったのだ。
「もー、必死で探したよ。友達に聞いて存在は知ってたからさ」
 笑いながらそう言った香也に、ヴィニが急にひっしと抱きついた。
「!?」
「カーヤ、ムリはだーめ!」
 泣きそうな顔をしながら何度もダメダメというヴィニに、香也は困ったように笑った。
「だいじょぶ、無理してないし」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
 繰り返す香也に、ヴィニは安心したようににっこり笑って香也にじゃれついた。
「………」
 そしてその背後では、流琉が一人作業をしながら何かを考えていたのだった。

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