kazameigetsu_sub-signboard はじめに メンバー 文章 イラスト 手仕事 放送局 交流 リンク

■Episode-Christmas at 2006■ □side-D□

「これで修理は終わり。お疲れ様」
 ストップウォッチをカチッと止めて、流琉はそう言った。天使の置物は折れた箇所が綺麗にくっつけられ、ロープで固定してある状態だった。
 すっかり夜になったとぼやきながら道具をしまって、流琉は思い出したように付け足す。
「あ、明日になったらロープは取っていいから。前よりはもろくなってるから気をつけて」
「分かった、ありがと」
 香也はヴィニにくっつかれたまま、流琉にぺこりと頭を下げた。
 書類に時間を書いて、流琉は礼を返す。
「いくぞ、ヴィニ」
「あーいっ! カーヤ、またねっ!」
 笑顔で手を振るヴィニに手を振り返して、香也は笑った。
 そして、玄関のドアが音を立てて閉まる。
「……」
 香也は黙りこくったまま居間に戻った。先ほどまでヴィニが騒いでうるさかった家は、嘘のように静まり返っている。
 ソファに腰掛けて、香也は目を閉じた。意識が少しずつ遠くなる。時計の針の音だけが静寂の中に響いた。
 どれほど、そうしていただろうか。
 目を開けると、流琉が直していった置物が目に入った。白い陶器で出来た、天使をかたどった置物。
 父から貰ったプレゼントなのだと、昔に母が嬉しそうに話していたことを思い出す。
「……お母さんの、馬鹿」
 ぽつりと、香也は呟いた。
 仕事が忙しくて大変な事ぐらいは知っている。自分のために仕事をしてくれていることも、もちろん分かっている。
 でも。それでも。
「ちょっと…寂しいな」
 去年までは、どんなに忙しくても母は家にいてくれた。だから今年は、香也にとって初めての孤独だ。
 夜は暗く、どこまでも静かで、カーテン越しに見える雪が積もる音すら聞こえない。
「…馬鹿、お母さんの馬鹿」
 香也は膝を抱えて、もう一度そう呟いた。
 その時、居間のドアが音を立てて開いた。
「……何で泣いてるんだよ」
 ドアから入ってきたのは、先ほど帰ったはずの流琉とヴィニだった。困惑を隠しきれず呟く流琉の足元で、ヴィニが声を上げる。
「あー、シンル泣かしたー」
「俺じゃない、断じて俺じゃない」
「…なんで?」
 予想外の出来事に呆然とする香也に、流琉は手に提げた袋を軽く掲げた。
「…必要だと思ったから」
 その袋が何なのかに気がついて、香也はさらに驚いた。
「あ…ケーキだ」
「ヴィニが食べたがるから」
「あまーいすき♪」
 にっこり笑って歌うと、ヴィニはとてとてと香也に走り寄って、急に眉を寄せた。
「カーヤのうそつきー」
「え?」
「ムリはだめっていったのにーもうっ!」
 ヴィニは言いながら香也に抱きついた。その様子を見ながら流琉も居間に入ってくる。
「とりあえず食べよう、腹減った」
 そういえば流琉は作業に没頭していて夕食を摂っていない。
 テーブルにケーキの箱を置きながら、流琉とヴィニは思い出したように目を合わせた。
「そうだ、カヤ」
「あ、カーヤ」
 二人が同時に香也を振り向く。
「誕生日おめでと」
 異口同音に発せられた一言に、香也は一瞬驚いて、泣きそうに顔をゆがめた。
「あ、あとメリークリスマス、かな。別にクリスチャンじゃないけど」
「ちーちゃんが訳ワカランっていってたー」
「何がメリーで何がクリスマスなんだろうな。クリスはキリスト? マスって何だ?」
「じゃあメリーはひつじ!」
「なわけないだろ」
 が、一瞬後にはまた顔を合わせてくだらない口論を始める二人に、香也は思わず笑みをこぼしたのだった。

side-C<  【戻る】  >side-E

Copyrights © 2004-2019 Kazameigetsu. All Right Reserved.
E-mail:ventose_aru@hotmail.co.jp
inserted by FC2 system