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■Episode-Christmas at 2006■ □side-E□

「こんな遅くまでいてゴメン」
 あの後、ささやかながらも香也の誕生日とクリスマスを三人で祝って、流琉はすっかり眠ってしまったヴィニを背負って玄関にいた。流石に夜の十時を過ぎると、静かに吹く風が冷たい。
 玄関まで見送りに来ていた香也は、自身も寒いだろうに、笑いながら首を振った。
「ううん、全然大丈夫だよ」
「あと、ヴィニの相手させてゴメン」
「あはは、楽しかったからいいよ。ありがと」
 普段はもう寝てる時間だけど、と笑う香也に、流琉はもう一度だけ軽く礼をする。
「それじゃ」
「うん、おやすみ……っ!」
 小さく手を振ってそう言った香也の動きが急に止まった。
 流琉が振り返ると、そこには香也と似た雰囲気の女性が、雪の降る中香也を見て立ち止まっていた。
「……お母さん」
 ぽつりと、香也が呟いた。
 その一言で、香也の母親が動く。
 流琉はその様子を横目で見て、そのまま歩き出した。
 背後で交わされる母子の会話は、暖かい。
 流琉は二人に背を向けたまま、そっとヴィニを背負いなおして、ほんの僅かだけ微笑んだ。


 次の日。雪が積もった病院の庭で、ヴィニが一人ではしゃぐのを流琉はぼんやりと見ていた。
「あはは! くまーくまー、とうみんこうげきー! ぐー!」
 ヴィニは半ば雪にうずもれているクマのぬいぐるみと遊んでいた。冬眠攻撃ってどんな攻撃だよ、と心の中でつっこみながらも、流琉は庭に続く診察室のガラス戸からぼんやりとその光景を眺めているだけだ。
「やぁシンル。ヴィニは…あぁ、遊んでるね」
 背後でコーヒーを片手に外をのぞきこんで、千鶴は楽しそうに笑った。
「あのクマ、どうしたの?」
「……さぁ」
 ぶっきらぼうに返した流琉に、千鶴はニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべながら、流琉の頭をひじで小突いた。 
「またまたぁ〜。ヴィニの上着のポッケに入ってたクリスマスプレゼントなんて、他に誰がいるのさシーンルー」
「知りませんよ」
 そっぽを向く流琉だが、千鶴の追求は止むところを知らない。
「てーれちゃってー。可愛いなぁシンルー。ふふふ」
「千鶴さん気持ち悪いんですけど」
「てーれやさんっ」
「うるさいです」
 にやにや笑いながら近付いてくる千鶴を片手で押しのけながら、流琉はふと昨日のことを思い出す。
 飾られた商店街を歩いていた時、ヴィニが流琉の袖を引っ張って尋ねたのだ。
『ねぇねぇシンル、あれなにー?』
『あれ…? あぁ、サンドイッチマ…いや、サンタクロースだ』
『サンタさん? プレゼントくれる?』
『くれるよ…もらったことあるだろ?』
『ヴィニもらったことないからわかんなーい、いいなー』
 子供なら誰でもあるであろう経験をあっさりないと言ったヴィニが、なんとなく見て置けなかった。
 だから昨日、ヴィニが他の商品に夢中になっている間に、こっそり小さなぬいぐるみを買って、帰りにポケットに忍ばせておいた。それだけの話だ。
「喜んでたぞ。サンタだーっ、て」
 雪の輝く外に目を馳せて、千鶴が眩しそうに目を細めた。ヴィニは千鶴に気付いて、無邪気に手を振っている。
「いいお兄ちゃんになったなぁ、シンル…」
「もういいですってば」
 しみじみと呟いた千鶴を流琉は目もくれずに蹴っ飛ばした。
「シーンルーっ!!」
 外から聞こえた声に顔を向けると、べしゃっ、と音を立てて、流琉の顔に雪球が命中した。
「あははは! シンルにぶー!」
「……このやろっ」
 逃げるヴィニを追いかけて外に飛び出す流琉を見て、千鶴は満足げに笑っている。  たまにはこんな普通の日もいいかなと、雪まみれになりながら笑っているヴィニを見て、流琉はふと思ったりしたのだった。

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