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■Episode-Halloween at 2011■ □side-B□

 それは、休み時間の教室での出来事だった。
「いたずらされたら困るからあーげるっ!」
「なんだよそれー」
 がやがやと騒がしい教室の中で、流琉は一人、窓際の席でぼうっと外を見ていた。クラスメートたちの喋り声が時折耳に入ってきたが、流琉は気にも留めなかった。学校に特別親しい友人がおらず、口下手で大人しい性格の流琉には、そうした休み時間のお喋りは無縁だったからだ。
 学校が終わったらバイトだなあ、と取りとめもなく考えていた流琉の視界に、ずいと握られた白い手が割りこんできた。驚いて顔を上げると、クラスメートの一人である女子が握った手を流琉に向けて差し出していた。授業で幾度か会話した記憶がある。いつも朝一番に登校してくる女子だ。確か、名前は。
「早川」
「はい、これ。神崎くんにもあげるね」
 早川はにっこり笑ってそう言うと、ぱっと握っていた手を開いた。落ちてきた何かを咄嗟に受け止めた流琉が視線を戻すと、早川はすでに友達のところに戻ってしまっていた。
 声をかける間もなかった。まったく予想外の出来事に、流琉は呆然と手のひらに乗った飴玉を見つめたのだった。


 あれはハロウィンだからだったのか、と、依頼先へ向けて歩きながら流琉はぼんやりと思った。それにしても、お菓子をねだる前に渡してけん制する、というのはいささか斬新だ。
 なぜ早川は、自分にも飴玉をくれたのだろう。本当に必要最低限の会話しかした覚えがないぐらいだ、決して仲がいいわけではない。そんな自分が早川や他の女子にいたずらをすることなんて、いくら考えてもあり得ない。それは早川が飴をくれてもくれなくても同じことだ。
 ぼんやりと考えながら歩いていた流琉の制服の裾を、誰かがくいくいっと引っ張った。
「シンルー、きゃでぃー食べたかった?」
 後ろを振り返ると、どうやら病院からずっとついて来ていたらしいヴィニが、不安そうに流琉を見上げていた。考えごとに夢中になりすぎていて気付かなかった。
「ヴィニ、来てたのか」
「ちーちゃんがー」
 時折、千鶴はヴィニを依頼先に連れていけと言うことがあった。ところ構わずはしゃぎ回るヴィニは、たびたび修理先でものを壊すこともあったが、無邪気で天真爛漫な性格に助けられたこともあった。今回も、ヴィニは千鶴に言われて流琉についてきたようだ。
 流琉が考え込んでいたのは、飴玉をくれた早川になんとなく申し訳なかったからで、飴玉が惜しかったからではない。制服の裾をつかんだまま俯いているヴィニの頭を、流琉は優しくなでた。
「いいよ。でも、他の人のはだめだ。分かったか?」
 流琉の言葉にぱっと俯けていた顔をあげたヴィニは、安心したように満面の笑みで大きくうなづいた。元気が戻ったとたん、髪飾りの鈴をリンリン鳴らしながら路地の先に駆けだしたヴィニを苦笑交じりに追いかけながら、流琉は「明日、お礼ぐらい言わなくちゃな」と思ったのだった。

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