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■File:1 トラシュー部見参! 新入生・明良の安全を確保せよ!■ □side-A□

 桜のすっかり散った校庭。風は若葉の香りと共に春を運び、空は抜けるような青空だった。
 そんな暖かな春の校庭を、二人の人間が歩いていた。
 どちらも、ある意味では有名な、私立明鐘(めいしょう)高校の制服を着ている。片方は短い髪の少し小柄な人間。のりの効いた新しいブレザーは男のものだ。もう片方はセミロングの髪をブレザーのスカートと共に春風に揺らしながら、隣の人間と肩を並べていた。
「疲れたね、アキちゃん」
 セミロングの少女がそう声をかける。アキと呼ばれた人間、高崎明良(たかさきあきら)は、溜息まじりに少女に返した。
「そうですね……あ、ユイは選択科目、どれをとるか決めました?」
 授業前のオリエンテーションを受けてきたばかりの二人は、紙をつき合わせながら話をする。
 少女、夢野結衣(ゆめのゆい)は少し困ったように眉を寄せると、可愛らしい仕草で指をさしながら口を開いた。
「うーん…これかなぁ」
「あぁー、古典文学ですか……」
「アキちゃんはどれにするの?」
「自分は古典が苦手なので……体育にしようかな」
「アキちゃん運動神経いいもんねー」
 などと他愛もなく話しながら二人が歩いていると、目の前にふっと影がさして、明良が何かにぶつかった。
「あ…すいません」
 顔をあげると、そこには一昔前のヤンキーと呼ばれていたような人種が、ものすごい顔で明良を睨みつけていた。
「新入生が、何喧嘩売っとんじゃワレェ」
「いや、別に喧嘩売った覚えなんてないんですけど……」
 咄嗟に襟についたバッジを見ると、そのヤンキーは三年生のようだった。後ろに何人かいるガラの悪いのは、どうやらこのヤンキーの取り巻きのようだ。
 明良は思わず結衣と顔を見合わせた。
「明鐘高校は変わり者が集まると聞いたけど、まさかこんなのまでいるとは…」
「予想ガイだったね、アキちゃん。ほら、今ケータイのCMで流行りの」
「あ、うまいですねぇ」
「シカトかゴルァ!」
 ドスを利かせてどなるヤンキーを、明良は呆れ半分の目で見上げる。
「……そんなに怒鳴ってて疲れません?」
「お前がどならしとんじゃろがぁぁぁ!!!」
 ヤンキーは額の血管を浮かび上がらせながら明良に詰め寄った。
「大体、新入生の癖に女連れかこら、生意気だぞワレェ!!」
「は? …いやあの、何かが根本的に間違ってるんですけど…」
 明良は困惑した表情でなんとかヤンキーをなだめようとする。
 しかしヤンキーの怒りは収まるところなく、明良の胸倉を掴んで拳を振り上げた。
「うわっ!」
「制裁じゃぁっ!!」
「アキちゃんっ!!」
 傍らの結衣が顔を蒼白にして明良を呼ぶ。
 そんな緊迫した空気を、ひとつの台風がぶっ壊した。
「待てぇぇぇぇぇぇいっ!!」
 割り込んだ声の主は走ってきた勢いでヤンキーに飛び蹴りをかます。
「ぐはぁっ!!」
「アニキ!!」
 どしゃっと地面に倒れこんだヤンキーを、周りの取り巻きが慌てて取り囲んだ。
「大丈夫っすかアニキ!!」
「だめだ、完全に伸びてる!!!」
 その傍らで、割り込んできた少年は色素の薄い髪を風になびかせながら、土で汚れた手をぱんぱんと払った。
「ふー、すっきりした」
「……って、何してんですかぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
 我に返った明良が思わず叫ぶ。少年はよれよれになったブレザーの襟を軽く正しながら、明良と結衣に笑いかけた。
「何って……人助け。大丈夫だったか後輩!」
「人助けって…あの人なんかヤバそうですけど!?」
「あぁー、大丈夫大丈夫、こんなんじゃ死なないって」
 爽やかに笑う少年に、明良は思わずひきつった笑みを浮かべる。絶対そういう問題じゃない。
 その脇で、取り巻き達はすっかり気絶したヤンキーを手分けして持ち上げていた。
「く、くそっ…新入生め…まさかこんなヤバい奴ともうパイプを持っているとは…!!」
「覚えとけよ新入生!! アニキのカタキは必ずとるからなっ!!」
 捨て台詞を残して脱兎の如く去った取り巻き達。それを呆然と見送って、明良ははっと気がついた。
「今のセリフ…もしかして自分、目付けられた!?」
「災難だなぁ、後輩よ」
「ってあなたのせいでしょうがぁぁぁぁぁあああっ!!!」
 思わず怒鳴る明良を、少年は冷めた目でまじまじと見た。
「お前、そんなに怒鳴ってて疲れないか?」
「あなたのせいでしょうが!!」
「あ、アキちゃん……」
 横から結衣がくいくいっと明良の袖を引っ張る。明良ははっと冷静になって、結衣に向きなおった。
「あ、すいませんユイ。大丈夫でしたか?」
「私は大丈夫。それよりアキちゃん、これからどうするの?」
 心配そうな結衣に、明良も唸りながら首をひねった。
「うーん……きっとまたからまれますよね……どうしよう」
 考え込む二人の横で、少年がにっかりと笑った。
「そういうことは俺に任せろ!」
 その言葉に二人ははたと思いだして、怪訝そうな顔を少年に向けた。
「……っていうか、あなた、誰です?」
 明良の問いに、少年はにやりと笑った。
「まずはついてこいよ、俺達がなんとかしてやる」

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