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■File:1 トラシュー部見参! 新入生・明良の安全を確保せよ!■ □side-B□

 少年に連れられて来た場所は、部室練の片隅にある小さな部屋だった。
「ただいまー、依頼人連れて来たぜ!」
 縦に長いその部屋の扉を元気に開けて、少年はさっさと中に入って行く。
 入口にとどまった二人は、おそるおそる中を覗き込んだ。
 長テーブルが二つ合わせて真ん中に置かれている。それを囲むようにパイプ椅子が並べられており、壁際には本棚とプリンタ、そしてポットや湯呑などの雑貨が置いてある小さな机があった。
 そして、そこには四人の人間がいた。
 一人は、長テーブルの奥の席に座った先ほどの少年。色素の薄い髪、明鐘高校のブレザー、襟元には二年生のバッジ。
 そしてその右手前に座っていた眼鏡の少年。彼はノートパソコンのキーボードを打つ手を止めて、少年に涼やかな視線を向けた。
「サチ、また無理やり連れて来たわけじゃないだろうな?」
「んなわけねぇだろ」
 サチと呼ばれた少年は背もたれにだらしなくよしかかって、眼鏡の少年の言葉を鼻で笑い飛ばした。
「何してんだ、入ってこいよ」
 手招きされて、明良と結衣は戸惑いながらも中へ入った。視線が一気に二人に集中する。
「適当に座って」
 言われるがままに、あらかじめ広げてあった手前のパイプ椅子を引いて座る。少年は満足そうにうなづいて、がたりと音を立てて立ち上がった。
「じゃ、改めて。俺がトラシュー部部長の藍原幸(あいはらさち)、よろしくな!」
 そう自己紹介した少年、幸の言葉に、二人は顔を見合わせた。
「あの……なんですか? その、トラシュー部って」
 恐る恐る明良が尋ねる。すると、眼鏡をかけた少年が溜息をついて、呆れた目で幸を見た。
「お前、自己紹介どころか、その説明すらしないで連れて来たのか? やっぱり無理やりじゃないか」
「無理やりじゃねえって! 困ってたんだって!」
 慌てて弁解する幸にさらに溜息をついて、少年はくいっと眼鏡をあげた。
「仕方ないな…俺から説明しよう」
 そう言うと、勢いを失った幸はしぶしぶ席についた。眼鏡の少年は二人に柔らかく笑いかける。
「遅れたが、俺は潮見孝也(しおみたかや)。この部活の副部長だ。うちの馬鹿な部長が無理やりつれてきたみたいで申し訳ない」
「あ、いえ……」
 頭を下げた孝也に、慌てて二人も頭を下げる。
「さて、早速説明するが…我々はトラシュー部、もとい、トラブルシューティングクラブだ」
 聞き慣れない言葉に、明良と結衣は顔を見合わせた。おずおずと結衣が尋ねる。
「あの、トラブルシューティングって……」
「文字通り。学校内外かかわらず、起こる様々なトラブルを解決するのが我々の活動だ。部員はそこの馬鹿部長と俺、そして……」
 孝也が座っていた残りの二人に目くばせする。
 孝也の隣に座っていた少年が、先に二人に目礼した。
「…三年の羽柴時鳴(はしばときなり)だ。よろしく頼む」
「トキは武士の家系なんだ。堅苦しいけどいい奴だから」
 幸のフォローに、時鳴は無表情だった顔を軽くしかめた。言われてみれば確かに、長い髪を一本に結い上げている様といい、傍らにそっと立てかけてある長い布にくるまれた棒といい、どこか昔の武士や侍といったものを連想させる。
 そして最後に残ったのは、ゆるくウェーブのかかった淡い栗色の髪を手で梳いていた少女。
 少女は二人を見てにっこり笑うと、優雅に一礼した。
「わたくしは二年生の櫻井雛子ですわ。どうぞよろしく」
 場違いなほど淡麗なその容姿に、明良と結衣は思わず少し見とれてしまう。
 全員の自己紹介が終わったところで、孝也が幸に尋ねる。
「……で、彼女たちが何を困っていると?」
「あぁ、それがさ……」
 先ほど校庭であったことをてっとり早く幸が話すと、孝也は考えるように顎に手をあてた。
「ガラの悪い三年か…トキ、何か心当たりは?」
「…否」
「ふむ……わかった、少し俺が漁ってみよう。で、君たちはどうする?」
 尋ねられて、明良は困ったように結衣と顔を見合わせた。
「どうすると言われても……普通に帰りますけど」
 明良がそう答えると、ぱちぱちとパソコンのキーを叩きながら、孝也が注意する。
「それはやめた方がいいな。ヤツらは相当の単細胞だ。狙われて痛めつけられるのがオチだぞ」
「そうだぞ、俺かトキが送るから……」
「結構です」
 硬い声で断って、明良はさっさと席を立った。
「あ、アキちゃんっ!」
 引き留める結衣の言葉も聞かずに、明良はすたすたと部室を出ていく。
 まったく、わけがわからない。そもそもどうしてあそこに連れて行かれたのかもわからない。
 大体、どうして自分があんな不良にからまれたのかもわからない。
 仏頂面で歩いていた明良は、ふと手が軽いことに気がついた。
「あれ、かばん……どうしたっけ」
 そういえば、部室にそのまま置いてきた気がする。
「……今更取りに行くわけにいかないしな……どうしよ」
 躊躇して明良が来た道を振り返った時、背後で複数の足音が聞こえた。慌てて振り向くとそこには、先ほどのヤンキーがより多くの手下を連れて来ていた。
「よぉ…新入生。さっきはよくもやってくれたな、あ?」
「いや……自分は何もやってないんですけど……」
 蹴ったのはあくまで幸であって明良ではない。
 しかしそんな言い分が通じるわけもなく、ヤンキーたちはじりじりと明良を壁まで追い詰めていく。
 これは、ヤバいかもしれない。
 さすがの明良も顔を青くした。
 いつも人の忠告を聞かずに一人で行動して、ピンチに陥ってしまう。何度同じことをすれば気が済むのか。
 今更自分を叱りつけても、今更でしかない。
「さぁてと…ゆっくり借りを返させてもらおうか」
 ぱきっ、ぺきっ、と指を鳴らす音が響く。
 明良は目で逃げ道を探したが、すっかり囲まれてしまって逃げられない。
「っ!!」
 ヤンキーの拳が思い切り明良の頬を殴った。口の中に血の味がにじむ。
 ヤンキーは嬉々として、もう一度拳を振り上げた。

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