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■File:1 トラシュー部見参! 新入生・明良の安全を確保せよ!■ □side-C□

 その時である。
「待たれぃっ!」
 空から、ヤンキーと明良の間に何かが飛び込んできた。
 ざっ、と音を立てて着地したのは、ベルトの脇に刀を下げた時鳴である。
「人一人に対して大勢とは何たる卑怯。拙者が代わりにお相手致す」
 柄に手を掛けてヤンキーを睨みつけた時鳴を、後ろから呆然と見つめる明良。
 ヤンキー達は馬鹿にしたように時鳴を笑った。
「なんだてめぇ、一人でやろうってのか?」
 嘲笑うヤンキーに、時鳴は一瞬こめかみをぴくっとさせたかと思うと、瞬時に刀を抜き放ってヤンキーに突きつけた。
「……って、刀ぁっ!?」
 気がついた明良が思わず叫ぶ。
「あ、アホかこいつ…やっちまえ!」
 ヤンキーが手下に命令する。手下は少し腰が引けていたが、やけになった一人が引き金になって、一斉に時鳴に向かってきた。
 しかし時鳴は冷静に、そして精密に、彼らの胴や小手、そして首元を峯で打って地に伏していく。
 数分後に残ったのは、すっかり表情を強張らせたヤンキーただ一人だった。
「……あらかた片付いたな」
 ぽつりと時鳴がつぶやいたのと同時に、トラシュー部の面々がひょこりと姿を表した。
「トキ、ご苦労さん」
 幸が時鳴の肩を叩いて労った。時鳴は黙ってうなづくと、むき出しだった居合刀をするりと鞘におさめる。
「アキちゃんっ、大丈夫!?」
「ユイ……」
 心配そうにすがって尋ねる結衣に、明良は少し申し訳ない気分になった。後で謝らないといけない。
「な、なんなんだお前ら……大問題だぞこんなことして!」
「問題? お前だって同じことしようとしてたじゃねぇか」
 呆れた面持ちで幸が言うと、ヤンキーはあたふたと周りを見渡した。しかし、自分の盾になる人間は皆地に伏したままだ。
「いい加減観念しろよ、往生際の悪い奴だな」
 ヤンキーを馬鹿にするように鼻で笑った幸に、ヤンキーはもう一度同じ言葉を繰り返した。
「なんなんだお前らっ!!」
「俺ら? 俺らはなぁ」
 幸はにやりと笑みを浮かべると、組んでいた腕を腰に当てて、威張るように胸を張った。
「頼れるみんなの味方、トラシュー部だっ!!」
 一瞬、さぁっとあたりが静まり返った。
「……そのキャッチフレーズはどうかと……」
 思わずぼそりと呟いた明良に、結衣がこくりとうなづく。
 幸は耳まで真っ赤にしながら、咳ばらいでその場をごまかした。
「と、とにかくだな……」
「もういいサチ、少し黙れ……」
 呆れた体で幸を押しとどめて、孝也がヤンキーにぴらりと一枚の紙を提示した。
「お前が起こして隠ぺいされた犯罪、悪質行為及び証拠はすべてこちらで押さえてある。これが学校、警察に流れたら……ただではすまないだろうなぁ」
 爽やかな笑顔を浮かべた孝也に、ヤンキーの顔が青ざめる。
「な、どうやってそんなもん……!!」
「あぁーら、マネーの力をなめてもらっては困りますわ……なんでしたらわたくしの力で、あなたを退学させることも、留置所に送ることも可能ですのよ?」
 優雅に笑みを浮かべた雛子に、ヤンキーばかりではなく、明良も表情をひくつかせた。
 ……金持ちの女って…怖い。
 あまりの威圧感に言葉も出ないヤンキーを、トラシュー部の四人は楽しげに見ている。
 鬼だ。この人たち、本当は鬼なんだ。明良はなぜかそう思った。
「……! アキちゃん、血がでてる!」
「あ、ほんとだ……さっき殴られた時に切れたんですかね」
 くいっと手の甲で口の端の血をぬぐった明良に、ぴくり、と結衣が反応した。
「……殴られた?」
「え? は、はい」
「………」
 結衣がうつむいて、ごそり、とショルダーバッグの中に手を突っ込んだ。
 ヤバい。明良は慌てて結衣を止めようとしたが、もう遅い。
 明良が手を伸ばした時には既に、結衣は真っ黒なローブに身を包んで、小さな模造品のナイフをヤンキーにつきつけていた。
「……あなた…よくも私の大事なアキちゃんに傷をつけましたね……」
「ひっ」
 そこに含まれる殺気に、ヤンキーが小さく悲鳴を上げる。
「ゆ、ユイ、ストップ!」
 慌てて明良が呼びかけると、結衣は一瞬視線をこちらに向けて、再びヤンキーを睨みつけた。
「女の子の顔に傷をつけるなんて……今すぐ呪い殺してやりたいところですが、アキちゃんに免じて今日は許してさしあげましょう……」
 何気ない結衣の言葉に、その場にいたほぼ全員が一瞬固まった。
「「「「……女ぁっ!?」」」」
「………」
 あまりの大合唱ぶりに、明良は思わず壁に寄りかかって落ち込んだ。
 結衣一人が、目深に被ったフードの間から、ヤンキーを睨み続けていた。
「もし次があったら、偉大なる暗黒神があなたを喰らいに来ることを覚えておきなさい……わかりましたね?」
「はっ…はいっ、わかりましたっ!!」
 結衣が小さなナイフをそっと放すと、ヤンキーは脱兎の如くその場を後にした。
「あ、逃げた」
「っていうか…ちょっと待って」
 幸が頭を抱えて、混乱する脳内を整理する。
「……女?」
「そうですけど…何か問題ありますか?」
 ぶすっとして返した明良に、今度はかすかに戸惑いをにじませた孝也が、ずり落ちた眼鏡を押し上げながら尋ねる。
「じゃあ、なぜ男子の制服を?」
「うちの両親がそろって変態でして……自分を男の子のように扱うんです。制服もこれしかなかったので仕方なく」
 さらりと答えた明良をまじまじと見て、幸がぼそりと呟いた。
「……うん、わかんねぇわ。両親すげぇな」
「…そうだな」
 思わずうなづいた孝也に、明良は非難の視線を向ける。
 しかし孝也はさらりとそれを流すと、思い出したように、片手に持っていたカバンを明良に差し出した。
「何はともあれ、もうヤツらは君にちょっかいをかけてはこないだろう。最後のユイのドスが利いたな」
「そ、そんなっ…はずかしいです」
 ローブを脱いですっかり元の調子に戻った結衣がほほを赤らめた。
 こっそりと、幸が明良に耳打ちで尋ねる。
「さっきのユイめちゃくちゃ怖かったんだけど…あれ何?」
「あぁ、ユイは黒いローブを着ると、たちまち性格が変わるんです。なんでも、黒魔術や占いとかが得意らしいですよ?」
 当たり前のように答えた明良に、幸は曖昧にうなづくことしかできなかった。
 差し出されたカバンを受け取って、明良は少しためらいながらも、ぺこりと頭を下げた。
「助けてくれてありがとうございました」
「これが活動だからな、気にすんなって!」
 笑って明良の肩を叩いた幸に笑い返して、明良は結衣にも顔を向けた。
「ユイも。また心配をかけてすみません」
「いいよ、気にしないで?」
 柔らかく笑った結衣に少しほっとして、明良はふと疑問に思ったことを幸に尋ねた。
「そういえば…どうしてこんな部活やってるんです? さっきのだって一歩間違えばあなた達が怪我してたじゃないですか」
 その質問に幸は少し困ったように三人を見まわしたが、皆、お前が答えろと言わんばかりの目で幸を見ている。
 幸は落ちつかなげに頭を掻くと、少し目線をそらして呟いた。
「んー……やっぱ、楽しいからかな」
「楽しい?」
「誰かを助けるのってさ。助けた相手が嬉しそうだと、俺らも嬉しいわけでさ。それってなんか、大事な気がしねぇ?」
 そう言った幸の顔に、かすかに温かな笑顔が広がった。どこか清々しいその表情に、明良は思わずどきっとする。
 幸はよっぽどまじめなことを言うのが恥ずかしかったのか、急にふてくされた顔になると、さっさとそっぽを向いた。
「あー、今日はもう帰る! お前らも気をつけて帰れよ、じゃあな!」
 聞く耳も持たずにさっさと去ってしまった幸に、部員たちもやれやれといった感じで帰途についてしまう。
「アキちゃん、私たちも帰ろう?」
 横からの結衣の言葉に、明良はオレンジの空を少し眺めてからうなづいた。
「…そうですね、帰りましょう」

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