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■File:3 トラシュー部の危機!? テストと梅雨を撃退せよ!■ □side-A□

 降り続ける雨のせいで、じめじめとした陰気な日が続いていた。
 ダイレクトにその影響を受けている明鐘高校二年生の藍原幸は、自らの教室の片隅で、いまいち力の入らない体を机に預けてだらだらと昼休みを過ごしていた。
「…だりぃ……」
 普段の有り余る元気はどこにいったのだろう。色素の薄い髪は湿気のせいで毛先がところどころはね、いつも溌剌としている表情はしまりがなく瞼が重そうだ。やっと夏仕様に変わった制服は空気中の水分すべてを吸ったかのように重く、身にまとわりつく感じが何となく気持ち悪かった。
 ふと首を曲げて窓の外を見やれば、ここ数日と全く変わらない曇り空が広がっている。今にも落ちてきそうなほど分厚く重い雲から雨粒が途切れることなく降り続け、あたりをけぶらせている。
 幸は溜息をついて、首の向きを変えた。
「どうしたサチ、最近やけに静かだな」
 聞きなれた声に顔を上げると、彼の友人である潮見孝也が牛乳パックを片手に立っていた。整った髪に、切れ長の瞳を覆う黒ぶちの眼鏡。表情の乏しい顔は静かに幸を見降ろしていた。
「おう、タカ。久しぶり」
「昨日部活で会っただろうが…頭大丈夫か」
 怪訝そうな顔で前の席の椅子に座った孝也を見つめて、幸はそう言えばそうだったと思いだした。
「タカ、俺、そろそろ死ぬ。日光浴びなきゃ死ぬ」
「植物かお前は……その様子だと、授業も真面目に聞いてないんだろう」
 言われてみれば、確かにここ数日の授業の記憶がない。
「あれ……さっきの数学何やったっけ?」
「お前……」
 驚いた孝也が思わず牛乳パックを落としかけた時、教室のドアから幸の担任、川井がおもむろに顔をのぞかせた。
「おーい、藍原。ちょっとこい」
 幸は思わず目をしばたたかせて、孝也と顔を見合わせた。ここ数日の記憶はあいまいで、何かしただろうかという疑問しかうかばない。
 さっさと行って来いと孝也が手で追い払う仕草をしたので、幸はしぶしぶ席を立って廊下に出た。目の前の窓から見た景色は、やはりネズミ色一色だった。
「藍原、こっちだ」
 外で待っていた担任についていくと、担任は一階まで降りて、面談室のドアを開けた。
 一体何をしただろうか…思わず不安になる幸に、担任は古めかしいソファに座り、テーブルをはさんで向かいの席に腰かけるよう幸をうながした。
「まぁ、座れ」
「はぁ……」
 気の抜けた返事をして、幸は大人しくソファに座った。スプリングが嫌な音をたててきしむ。
「で、何すか先生…俺、何かしました?」
 幸が不思議そうに聞くと、川井はそのごつい顔をしかめて溜息をついた。
「むしろ、何もしないから呼ばれてるんだぞ」
「?」
 意味がわからない。幸がきょとんとして担任を見返すと、川井はもう一度溜息をついた。
「お前、ここ最近の授業を真面目に聞いていないらしいな。他の先生方からクレームが来たぞ」
「はぁ……」
 確かに、ここ最近の授業の記憶はないが、それはこのじめじめした梅雨に生気を奪われているからで、別に授業を聞く気がないわけではない。
 しかし、幸の心の中のささやかな抗議など聞こえるわけもなく、川井は手元にあった紙の束をぱらぱらとめくって話を続けた。
「それでだ。お前、前年のテストもあまりいい成績じゃなかったよな」
「う、まぁ……」
「最近の小テストも、いい成績じゃないらしいな」
「え、えーと……」
 最近のことを思い返してもいまいち思い出せないが、まずい気はびんびんする。
「で、だ。……お前、部活やってるらしいな。部長だって?」
「はぁ、まぁ」
「そこで他の先生方とも話し合ったんだが……あと二週間で前期中間テストだ。それでお前が赤点を取ったら、部活は無期限停止処分ということで」
「はぁ……って、はぁっ!?」
 惰性でうなづいていた幸は、担任の言葉に思わず目を剥いた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ先生! なんでそうなるんだ!?」
「そうでもしなきゃお前はやらないからなぁ……ま、頑張ってくれ、部長」
 ぽん、と肩を叩かれて、幸は言葉もなく頬をひくつかせた。

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