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■File:3 トラシュー部の危機!? テストと梅雨を撃退せよ!■ □side-B□

「はぁっ!?」
 放課後の部室練。その片隅にあるトラブルシューティング部、通称トラシュー部の部室から、幾人かがそんな非難の声を上げるのが聞こえた。
 部室内では事の顛末を部員に話した幸が、きまり悪そうに入口から向かって正面の席に座っている。
 その幸に対して真っ先に口を開いたのは、同じ二年の部員、櫻井雛子だ。
「あなた、馬鹿じゃないですの? 知ってましたけど」
「うぅぅぅ……」
 雛子の辛辣な言葉に今日だけは反論できず、幸はただ唸るだけだ。
 その向かいで、孝也が落ちてきた眼鏡を指で押し上げて、冷静に呟いた。
「ふぅむ…どうするかな」
「サチ先輩、そんなにやばいんですか?」
 不思議そうにそう聞いたのは、みんなの分のお茶を準備していた一年部員の高崎明良だった。一見不器用そうに見えるその見た目とは裏腹に、てきぱきと手際よく準備をしていく。
 孝也は言葉に詰まっている本人の代わりに、ノートパソコンのマウスを何度かクリックすると、その液晶画面を明良の方に向けた。
「こんな感じだ」
「………うわぁ」
 思わず声をあげてから、明良は慌てて口をふさいだ。しかしすでに時遅く、幸は大ダメージを喰らって机に力なく突っ伏していた。
 パソコン画面に映っていたのは、幸の昨年後期期末の結果だった。ほとんどの教科が赤点すれすれで、唯一英語だけが満点に近い点数である。
「やはり今年も勉強会を開いて徹底的に叩き込むしかなさそうだな……」
 ため息交じりの孝也の言葉に、隣の三年部員、羽柴時鳴が無言でうなづく。
 カップに淹れたお茶を配りながら、明良は頭に疑問符を浮かべた。
「勉強会って?」
「そのままの意味だ。皆で集まってテスト勉強をする。実際はサチに教えるので手一杯になるがな」
「うぅぅぅ……」
 孝也の言葉に含まれるとげに、幸はうつぶせたまま唸った。お茶を受け取りながら、一年の夢野結衣がぱっと顔を輝かせる。
「でも、それ、いいですね! 私たちも参加していいですか?」
「あぁ、構わないよ。分からないところがあれば教えてやれるだろうしな」
「やったぁ♪ ありがとうございま……」
「ふふふ……そうはさせんぞ!!」
 高らかな笑い声とともに、大きな音をたてて扉が開かれた。皆が一斉に扉の方に集中する。
 そこに仁王立ちで立っていたのは、いかにも勉強のできそうな模範的な生徒だった。整えられたぼっちゃん刈りに、きらりと光る黒ぶちの眼鏡。きっちりと着られたしわ一つない制服の襟元には、二学年を表すローマ数字の「U」というバッヂと、縦に長い黄色いひし形の、ちょうど光を模したような形のバッヂがつけられていた。
 いきなり現れた人物に結衣と明良はびっくりして飛びあがったが、他のメンバーはただ白けた目線を送っていた。
「……またお前か」
 幸が机に突っ伏したまま面倒くさげにつぶやいた。サイドテーブルのそばに立っている明良が、驚きから回復してたずねる。
「お知り合いですか?」
「何を言う、君たちもわたしのことは知っているはずだ!!」
 自信満々にその男は言ったが、一年の結衣と明良はお互いに顔を見合わせて首をかしげた。
「知ってる? アキちゃん」
「さぁ……いまいち思い出せないですね」
「なんだってぇぇぇっ!!??」
 明らかにショックを受けた顔で、その男は大げさにのけぞった。孝也が冷めた顔で溜息をつく。
「相変わらずうるさいやつだ……」
「仕方ない、知らないなら教えてやろう」
 孝也の呟きを無視し、くいっと黒ぶちの眼鏡をあげて男は得意げに微笑んだ。奥で幸がだるそうに帰れ、帰れと手を振るが、男はそれも無視して一歩部室に踏み込む。
「わたしは明鐘高校生徒会長、金城一成(きんじょう かずなり)だ!! よっく覚えておきたまえ、一般生徒の諸君!!」
 偉そうに胸を張る金城に、孝也が冷静に突っ込みを入れる。
「ま、テストではいつも俺に負けるがな」
「それをいうなぁぁぁっ!!!」
 いきなり現れたハイテンションなキャラに、結衣と明良はどうにもついていけずただ眺めるだけだった。他のメンバーはすでに慣れているのか、鬱陶しそうにひたすらスルーしようとしている。
 幸がよっこいせと掛け声をかけて、上半身を起こした。
「……で、いい加減うざいから聞くわ……今日何しに来たんだ金城」
「生徒会長と呼べ!」
「何しに来たんだうざい金城」
「おーまーえーはー!!」
 スルーしようというか、ただからかって遊んでるようにしか見えなくなってきた。
 ひたすら幸に対してどなり散らした金城は、肩でぜいぜいと息をしながら、振り乱した髪を整えてふっと余裕をみせるように微笑んだ。
「まぁ、いいさ。じきにそんな態度取れなくなるぞ」
「は? なんでだようざい金城」
「お前っ…!! ……いや、いいさ。せいぜい吠えるといい。わたしは知っているんだぞ、藍原」
 意味ありげににやりとされて、幸の顔が不機嫌になる。
「あぁ? 何をだ」
「もちろん、川井先生とのやりとりさ」
「……はっ!? なんでてめぇが……」
 驚いて腰を浮かせた幸に、金城は含み笑いを向けた。
「しかし、赤点を取らないだけではハードルが低い。そこでこうしようじゃないか。わたしとテストで全体の平均点を競って、お前がわたしに勝ったらこの部の存続を認めてやろう」
「はぁっ!? 頭おかしいんじゃねぇかてめぇ、何でそうなるんだよ」
「もちろん先生方の了承は取ってある。ま、せいぜい頑張るんだな」
 そう言い残して、金城は高笑いを響かせながら去って行った。
 茫然と見送ってから、明良がぽかんと口を開く。
「……なんなんですか? あの人」
「あいつは前からトラシュー部を目の敵にしているからな」
 ため息交じりに孝也が言うと、幸は頭を抱えて唸りだした。
「うぅ〜…どうしよう……」
「そんなに頭いいんですか? その……金城さんって」
 結衣が控え目に尋ねる。すると、孝也の隣で時鳴がぼそりと答えた。
「金城殿は前回のテストで学年二位だった」
「二位!?」
 予想だにしなかった答えに、結衣と明良は思わず声が大きくなった。
「……あれ? ってことは……」
 ある事実に気付いた明良が、ひきつった笑みで孝也を見る。
「もちろん、学年一位はタカですわ」
 すました顔で我関せずの孝也の代わりに、向かいの雛子が答えた。すかさず、孝也が雛子に色々なものを含んだ微笑みを向けた。
「そういうヒナこそ、いつも五番以内には入るだろう」
「わたくしは上位にいて当り前ですわ。あなたに負けているのは悔しいですけれど、次は負けませんわよ」
「いつでもどうぞ」
 何だろう、笑顔のやりとりの裏に何かどす黒いものが見える。
 テストに関してはここもライバル関係だということを理解した二人は、なぜこの部活にこんな頭のいい人が二人もいるのか疑問に思うのだった。
「とにかく、今日から勉強しないと間に合わないのではないか、サチ殿」
「そうだな〜……やるか」
 時鳴に指摘されて、幸は重たい頭をあげた。
 梅雨の時期はいつも体がだるくなるが、ここで自分がしっかりしなければ。自分は部長なのだ。
 ひそかな決意を抱いて、幸はぐっと表情を引き締めた。

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