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■File:4 武士の魂! 学祭演劇を成功させよ!■ □side-B□

「……クラスの演劇で主役をやる予定だった男子生徒、鹿野(かの)さんが、今日の下校中に、複数人に襲われて骨折だそうですわ」
 疲れた様子で溜息をついて、雛子はトラシュー部の部室で残っていた部員たちにそう告げる。
 あの後雛子はクラスメートの桐野奈津(きりのなつ)に連れられ、彼の運び込まれた病院に行ってきたのだ。そこで意識を取り戻した本人から話を聞いて来たらしい。
 雛子の隣には、困ったような顔で奈津が座っていた。すっかり暗くなってしまったため、彼女を一人で帰すのは危険と雛子が判断したためである。
「犯人は分かっているのか?」
「多分、背格好から言って学生ですわ。緑色のブレザーを着ていたそうですので」
「緑色のブレザー……」
 おそらく、先ほど話題に上っていた工業北高校だ。
「しかし、どうして鹿野が……」
 孝也は難しい顔で考え込んだ。鹿野といえば、そこそこ体格もいい上、そんな簡単に北高の生徒にぼこられるほどよわよわしいやつではない。
「鹿野君によると、奇襲をされたそうです」
「奇襲? 北高の事件の事例は調べたが、そんな例はまだないぞ」
 奈津の言葉に、孝也が訝しげに問い返す。すると、その隣の雛子が頷いた。
「鹿野さんの話だと、誰かに間違えられたようですわ。彼らは陰に待ち伏せ、鹿野さんに奇襲をかけたらしいのです。その時に相手が、この間の仇、と……」
「カタキねぇ……」
 幸が難しい顔で反芻して黙り込む。数秒の沈黙の後、時鳴がはっと顔を上げた。
「ヒナ殿、奈津殿……」
「?」
「なんですの?」
 真剣な声の時鳴に、雛子と奈津は訝しげな目線を送る。
 時鳴は珍しくうろたえたような色をその瞳に乗せ、二人を見た。
「もしや、その…鹿野とやらは、長い棒のようなものなど持っていなかったであろうな……」
「長い棒って、トキ、お前じゃあるまいし」
 聞いていた幸は思わずぷっと噴き出したが、雛子と奈津はその目を丸くして、呆気にとられたように時鳴をみていた。
「……ヒナ?」
「ど…どうしてわかったんですの?」
「えぇっ!?」
 がた、と幸が驚きのあまり椅子から滑った。結衣と明良はぽかんとお互いに顔を見合わせ、孝也の眼鏡もずり落ちている。
 奈津が驚きの抜けない声で事情を説明した。
「私たちの劇は時代物なんですけど、鹿野君は主役の侍役で、殺陣の練習をするためにダンボールで作った刀を、布にくるんで帰ってました……」
「………」
 一同は黙りこくってしまった。つまり鹿野は作り物の刀を持っていたために、前に北高生を返り討ちにした時鳴と間違えられたというわけだ。
「……拙者のせいだ……」
「トキ……」
 頭を押さえてうつむいた時鳴に、雛子がため息交じりに声をかける。
「別にあなたが悪いわけではないですわ。彼はただ…そう、運がなかっただけ」
「しかし……」
 時鳴は何か言おうとして、そのまま黙りこくってしまった。その思いつめた表情に、雛子も黙って息を吐く。
 そんな沈黙を破ったのは、明良の何気ない疑問だった。
「…ところで、これで主役がいなくなったわけですよね。劇、どうなるんですか……?」
 その質問に、奈津が頭に手を当てて考えながら答えた。
「そうね……私たちのクラスには代役できるような人いないし、第一人手も足りないわ。どこかから代役を借りてくるしか……」
「主役ってどんな役なんです?」
 結衣が興味津々に尋ねると、奈津も幾分かウキウキしながら答える。
「主役はとある藩の侍でね。無口な剣の達人なの! で、異国のお姫様を助けるの…よ」
 奈津の説明を聞いて、一同は頭の中に何か引っかかるものを感じた。奈津も自分で言ってはっと気がついたらしく、言葉じりがしぼんでいく。
「無口な剣の達人……そうだわ」
 うわごとのようにそう呟いた奈津は、勢いよく時鳴を見たと思うと、戸惑って宙をさまよう時鳴の右手を素早く両手で取った。
「羽柴先輩、あなたは相当な剣道の達人と聞きました! 代役、やってください!!」
「「はっ!?」」
 時鳴と、何故か雛子が同時に驚きの声をあげた。二人はあたふたといいわけを並べたてる。
「そ、そんな、拙者に演劇など……!!」
「そうですわよ桐野さん、トキに演劇は向いてませんわ!」
 明らかに慌てふためく二人に、奈津な今まで見せたことのない黒い笑みを浮かべた。
「羽柴先輩、自分で言ってたじゃないですか。『拙者のせいだ』って」
「ぐっ…!」
「自分の過失の責任も負えないほど臆病なのかしら、武士って」
 にやり。奈津の挑戦的な笑みに、思わずかっとなった時鳴は椅子を鳴らして立ち上がった。
「武人に臆病者などおらぬっ!!」
 言ってしまってから、時鳴ははっとして青ざめた。雛子も言葉を失くして呆然としている。
 奈津は一瞬悪魔のような笑みを浮かべた後、にっこりと愛想のいい笑みを浮かべた。
「よかった、引き受けて下さるんですね! 流石先輩、武士の鑑ですね〜!」
「………」
 今さら何も言えず力なく座り込む時鳴に、機嫌よく奈津がまくしたてる。
「羽柴先輩ならぴったりだわ! セリフも少ないし大丈夫ですよ」
 そして悪魔の牙は、容赦なく雛子にも降りかかった。
「よかったね、櫻井さん! 羽柴先輩が相手役で♪」
 奈津の言葉に、その場にいた全員が凍りついた。時鳴の顔が見る見るうちに青ざめ、雛子の顔が徐々に赤くなっていく。
「なっ……!」
「え、って、ことは……」
「ヒナ、ヒロイン役かよ!!」
 途端、大笑しだす幸に、耳まで真っ赤になった雛子が手当たりしだいに幸に物を投げつける。
「うるさいですわねっ!! 仕方ないでしょっ!!」
「だって、お前、そんなキャラじゃな…ひーっ、いて、いてぇって!!」
「お黙りなさいっ!!!」
 ぎゃーぎゃー言いあう幸と雛子を傍目に見ながら、時鳴は今後のことに痛む頭を抱えた。

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