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■File:4 武士の魂! 学祭演劇を成功させよ!■ □side-F□

 照明が熱い。幾重もの視線を感じる。
 時鳴は緊張に神経を研ぎ澄ましながら、舞台そでから舞台へと足を踏み入れていた。
 いつものように髪は邪魔にならないよう一本にまとめ、格好は着古しの着物に濃い色合いの袴、足元は足袋に草履を履き、腰には美術班が丹精こめて作った段ボール製の刀を佩いている。時鳴がいつも大事にして離さない刀は、今は舞台袖の壁に立てかけてあるのだった。
 舞台には異国のお嬢様を演じる雛子がすでにおり、その他にゴロツキ役の男子生徒が数人、どれも甚平や浴衣姿で雛子の周りを取り囲んでいる。
「お侍さま!」
 雛子の良く通る声が時鳴の役名を呼んだ。そう、この物語の登場人物に名前はない。侍、お嬢様。それだけだ。
「来やがったか、侍め」
 ゴロツキの一人がそう言って、大ぶりに腰に手を当てて見せる。時鳴は必死に自分のセリフを思い出した。
「……お嬢様を返していただこう」
 言えた…ほっとしたのもつかの間、ゴロツキが腰の剣を抜く。
「誰が返すかよ。行くぜ野郎ども!」
 そのセリフを合図に殺陣が始まる。時鳴も腰に佩いた刀を抜いた。
 軽い。これがその刀を持った時の第一印象だった。紙でできているのだから仕方ないと思いながらも、時鳴は刀を振るう。
「ぐあっ!」
 一人がわざとらしく地面に倒れた。続けざま、練習通りに刀を振るっていく。
 あっという間にゴロツキ五人は地に伏せた。リーダー格の男が起き上がって、腕で仲間をせきたてる。
「くそっ、覚えてろよ! 逃げるぜ野郎ども!」
 ばたばたとゴロツキ五人はトキが出てきた方の袖へと消えていった。ここまで来ればもう少し。あとは少しセリフを言って、終わりだ。
「お侍さま……」
 雛子が呼んだ。時鳴がセリフを思い出しながら振り返ったその時……
「まだ終われねぇぜ、『お侍さん』よぉ」
 粘着質な声とともに、雛子の首に小型のナイフが当てられた。時鳴は見覚えのあるその姿に瞠目し、悔しげに顔をゆがめる。
「お主ら…っ!!」


「アキちゃん、何か舞台の様子が変じゃない?」
「ほんとだ……」
 一方、観劇していた結衣と明良も、ステージ上の異変に気づいていた。
 明らかに時代錯誤のいでたちの若者が四人、ステージの上に上がってきたかと思うと、雛子を人質に取るかのように首筋にナイフを当てたのだ。
「…あれ、緑色のブレザーじゃないですか?」
「まさか……北高の生徒!?」
 予想外の展開に二人が立ち上がった時、
「何をしているのです!」
 騒然となりかけた会場に、雛子の澄んだ声が響き渡った。

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